第23話 VSシグマ
「はぁ、はぁ、はぁ、案外体力ないんだ」
「はあ、はあ、はあ、はあ、うるさい。そっちこそ、なんで卓球に?」
「慣れて、慣れてるから」
「そうか、お前も卓球部だったもんな」
「おい、そこ!私語を慎め」
「「すいません」」
その翌日も台に触れても、球を打つことすらできていなかった。それにも理由があった。中学で使っていたラケットを紛失してしまっていたからだ。またラバーの劣化も考えれば変え時だったため、例えラケットがあっても、ラバーを買いに行かなければならなかった。それはシグマも同じの様で二人だけが外でトレーニングをしていた。そのため、コーチに言われ買いに行くことになった。
冗談な話かもしれないが買いに行くというだけで、シグマが誘ってきたのだ。
「一緒に買いに行かないか?」と。
というわけでシグマと放課後、神前とゲームセンターに行った街にある大きなスポーツ店に来ていた。シグマも女性なのだが“現代”から一緒に来ているためか、どうも警戒してしまう。裏があるんじゃないのか?と。
「ここら辺って詳しいのか?」
「人並くらいかな、偶に来る程度。それでも小さいころから何度も歩いたから、他の人よりは詳しいかもぐらい」
「そっか、ところで・・・その、中身が大人なのに、見た目が昔のままのせいでどうも話しにくいんだけど」
「そう?私は何も感じないけど?」
シグマといえば腰まで伸びたストレートロング。多少癖がついているものの、むしろそれが良いアクセントになり顔周りを覆い、人形のような顔立ち強調していた。今見ているシグマは、セミロングで顔周りがすっきりとしているためか童女のようだ。
そんな姿かつ上から目線で遠回しに話すためかどうもとっつきにくい。ちょっと引いた第三者視点でみるのならば、性的趣向が偏った大人の目につくのではないだろうか。罵倒されてみたいとは思わないが好きな人は好きなのだろう。
「こっちは気にするんだよ、まあいいか、どんなラケットにする?」
「私はカーボンラケットの予定、ラバーはまだ決めてない。そっちは?」
「俺もカーボンかな、五枚合板だと飛距離がいまいち足りないんだよな」
展示されているラケットは非常に種類が多い。基本的な五枚合板、重い球を打つ七枚合板、圧倒的な飛距離が出る五枚合板+カーボンなどラケットだけでも非常に多くの種類があるが、これにシェイクハンド用、ペン用と分けられ、さらにそれぞれ持ち手がストレートなのか、手になじむ形なのか、など選択肢はラケットの種類だけでも多すぎるほどある。
「私はいつも通り、カーボンのストレート。あとで削って自分の手になじませる」
「いいよな、自分で調整できるやつは。俺は面倒だから持ちやすい、アナトミックかフレアかな、多分フレア。アナトミックは数が少ないし」
「無難だね。面白みがない。テナリーにしたら?」
「そんな癖の塊みたいなの売ってないわ!」
補足をすると、テナリーというのは、ラケット自体が勾玉のように曲がっているため銃のように握る国内国外問わず使用者があまりにも少ないレアなラケットともいえる種類だ。
「前にシグマのラケットを使わせてもらったけどアレ手になじむよな。ストレートなのに、あれどうやってるんだ?」
「試行錯誤の結果よ。何度も削っては握って確かめてを繰り返して、握り心地と力を入れたときにどこが干渉するのかを調べて削ってる」
「うわぁ、やってられねぇ。俺もストレートにするからやってくれない?」
「いいよ、やっても。ただし、それ相応の対価があれば。もちろん、価値はそっちが決めて」
「最悪だな、最低限の手で最高の対価を手に入れるかよ。価値を相手に決めさせるってどう考えてもたちが悪い」
ラケットだけでも数時間悩むことも多いが、ラバーはさらに悩む。単純に表裏二枚だけでなく、ラケットとの相性やプレイスタイルに直結するため適当に選ぶと、ラケットの特性を殺しかねない。だからと言ってラケットに合わせても、扱いきれないこともあり、変えようにも値が張るので、容易に変えることはできない。一番慎重にならなければならないパーツと言っても過言ではないだろう。
シグマはこのような正解のないことを考えるのが得意だ。自分の特徴をイメージし、やりたい戦術をイメージした時、どのようなものが必要なのかを逆算して決めている。俺はシグマにアドバイスをもらいながらラケットとラバーを決めた。
ラバーをその場で張ってもらい、日帰りで持ち変えることができた。
今からでも打ちに行きたい気分なのだが、周辺に卓球をやれる施設はないため、ふらふらとゲームセンターに来ていた。
シグマもゲームセンターに来ることも多かった。むしろ俺よりもシグマの方がゲームセンターに通っている回数は多かった。シグマはUFOキャッチャーだけでなく、アーケードゲームまでプレイしていた。本人は嗜む程度だと言っているがその腕は確かなものであった。
UFOキャッチャーの景品を一通りチェックした後、神前が得意なレースゲームの前に立っていた。
「シグマもレースゲームって得意だっけ?」
「苦手じゃない。偶にする程度」
「勝負しないか?負けた奴はジュースを賭けて」
シグマといるとよく何かしらで勝負することが多い。俺から誘うこともあれば、シグマが仕掛けてくることもある。お互いその方が上手くなることを知っているからなのか、その場のノリで勝負していた。
「いいけど、あのレースゲームってプレイすればするだけ車が強くなるんじゃなかった?」
「大丈夫、俺もちゃんとアカウント作って地道にやってるし」
「そう。うちの子と勝負になるかな」
その目はまるで我が子を想う、母の目だったことに気づかなかった。
準備をして、ハンドルを握った。勝負はレースゲームなのでどちらが速いかだけを競う単純なもの。某有名レースゲームのようにアイテムがあるわけじゃないため、一発逆転はほぼない。それこそ、大きなミスでもしない限りは。
「さて、やるか」
「・・・」
スリーカウントの最中にアクセルを踏み、ゼロを合図にスタートダッシュを決めた。ガチャガチャとシフトレバーを動かし、徐々に速度を上げていく。神前のようにはいかないがある程度スムーズにシフトレバーを動かした。
そのはずだった。隣で同じような動作音がしたのにかかわらず、画面ではシグマの銀のスポーツカーが先を行っていた。どんどん差がついていく。おかしい。そう思って、最高速を出しても差は広がっていく。
「え?」
ダメだと理解した。マシンスペックがそもそも違うのだと。この藍色の車では。追いつけない。絶対に。
俺の車はドリフトしながらカーブを曲がっていた。スタートしてから車体をぶつけた回数は数回程度。それでもシグマの車の後ろ姿すら見えていない。
カーブを曲がり切って直線に入り、名前の下にある数字を見てシグマとの距離を確認する。
「百メートル以上離れているのかよ」
つぶやいた言葉はシグマに聞こえていたようだった。
「やっぱこうなるよね」
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