第21話 4年前の真実

「久しぶりに行った、案外歌えるもんだな。琉亞も楽しそうだったし」

「うん!楽しかった!フユは歌上手いんだね」

 流れでショッピングモールへお昼を食べに向かった。“現代”で行ったフードコート以外にも飲食店が数店舗入っており、お昼時の今ではそのどれもに待ち時間が発生していた。

「どれ食べようか?何食べるにしても早めに決めないと長いこと並ぶことになるぞ」

「だな、俺はカラオケで減ったカロリーを補充したいからガッツリ食べたいな。琉亞は?」

「任せた!」

「それが一番困るけど、今はありがたいか。あそこ行くか、食べ放題のしゃぶしゃぶ」

 しゃぶしゃぶの食べ放題でも安い店がショッピングモールに入っていた。個人的に魚料理や和食定食が食べたかったが、定食ではガッツリというイメージが湧かずしゃぶしゃぶにした。

「三人で外食って久しぶりだね」

「そうだな、そもそも揃うこと自体久しぶりだもんな」

「まぁ、いろいろあったからな。特に治人はな」

「え?ああ」

 思い当たる節が両親のことしかなかったため、その場に合わせた適当な返事をしていく。

やっぱり、三人だと落ち着く。でも、“現実”で最後に集まったのって・・・


 四年前。シグマにタイムマシンを作ってくれとバカみたいなことを言った日。中学の母校が廃校になったという話を聞いて、久しぶりに三人集まっていた。

「ここが廃校になったとか正直、実感ねえよな。まだ校舎だってほかの中学に比べれば綺麗だからな」

 冬彦は地元の工業系の企業に勤めていた。激務ながらも手当が良く、会社の愚痴を言いながら務めているようだった。家族といざこざがあり、今は一人暮らしをしているらしい。

冬彦はシングルマザーで育てられた。その母親は癖が強く、時折ヒステリックになり、冬彦に当たることが少なからずあった。中学から片親なため、長いこと我慢していたが大人になって経済的にも自立したため一人暮らしを決めたそうだ。今では何度か女性を泊めているらしい。

「そうだね。私たちが通ってた時もエアコンを付けたり、トイレを新しくしたりしてたのにね」

 琉亞は図書館秘書をしている。その仕事内容についてはさっぱりだが、地元テレビに「美人すぎる図書館秘書」として報道され、よりグラマラスになった体に目を付けられ今度写真集が発売するらしい。本人は乗り気ではなかったが、琉亞の兄がノリノリで断るに断れなかったとか。その兄が働かないせいで結構苦労しているらしい。

「治人そのバックはなんだ?」

「何でもいいだろ?」

「まあいいか。中には入れないんだろ?治人」

「いや、知らん」

「もう、二人とも行くってだけ決めるんだから。はいこれ、今回市役所に行って許可もらってきたから、許可証。卒業生なら特例として入らせてくれるって」

「マジかよ、相変わらず用意周到で助かる」

「入るか」

「待って待って、あと多分中埃っぽいからマスクして、はい、二人の分」

「ありがとう」「サンキュ」

 校舎の中は記憶のままの構造をしているが、張り紙はそのままで展示されていた賞状やトロフィーなどがなくなっていた。琉亞が予想した通り埃っぽく、窓やドアのレールには埃が積り、天井には蜘蛛が大きな巣を張って快適そうに見下げていた。

「なんで廃校になったんだろうな」

「それ、私も気になってた」

「俺も気になって前に市役所に聞いても教えられない、の一点だった。多分何か問題でも起こしたんだろうさ」

冬彦はポケットから懐中電灯を出し、ポスターを見ながら言った。

「問題ね・・・生徒に手を出した教師がいたとか?」

「それなら別の学校に飛ばされるか、おっとと、停職とかじゃないかな?ほらテレビとかで報道された例もあるし」

 琉亞はヘッドライトを準備していたが、つけるのに苦労しているようで少し手伝った。

「ありがと、ハル、ライトは?」

「ペンライトしかなかった」

 小さなスイッチを押して光を点す。

基本的な設備はどこか別の場所に移動されたらしく、職員室を見ても机やファイルは見当たらなかった。代わりに、もう飾っていても意味のない時間割表や潰されたままの段ボールが隙間に隠されていた。

「よく二人は怒られてたよね、二人とも宿題出さないから。特にハルは酷かったよね」

「やる意味も見いだせなかったし。だってほとんどが意味のない宿題ばっかりだった。それに、教科に応じた自習なら何でもいいって言いながら小学生の頃の疑問を解くこと書いたら、書き直しもらったからやる気なかった」

「そりゃ酷いな。というかそんな理由だったのかよ。めんどくさがってた、と思ってたわ」

「いや、ぶっちゃけ面倒だった」

 変わらないやり取りを見て、琉亞が苦笑する。

「あはは。相変わらずだね」

 一階を適当に見終えた俺たちは教室を見ることになった。最後のクラス、二階3-3。

「懐かしいな、琉亞だけは一組だっけ」

「そう、なんでか、別れるからいつも、もやもやしてたよ?もー」

「でも怖かったよな。一組って土佐犬みたいにうるさい先生だったじゃん」

「土佐犬って、お前、でも、わかる。めっちゃ怖かった」

「えー、いい先生だったけどな」

「俺は苦手だったよ。どうも、あの先生は。体育祭とかの絶対勝つっていう姿勢は好きだったけど、迫力がありすぎて怖すぎ。英語担当が二人いて、かつもう一人の方が担任で助かったよ」

 冬彦が笑って、琉亞が口を膨らませる。思い出話というのは、誰かと一緒じゃないと空しいだけだ。

 教室も職員室や他の教室と同じく埃が積まれていたが机と椅子が残っていた。内装も最後の卒業生が残したであろう黒板の落書きがそのまま残っていた。消してしまうのは申し訳ないと思い、そのままにして各教室を回ったところで、冬彦が提案した。

「そうだ、ちょっとみんなバラバラで回らないか?」

「えー、ちょっと怖い」

「何かあったら携帯で連絡してきていいからさ、三十分後に職員室前で。じゃ」

「おい、冬彦。冬彦?」

 逃げるように駆けていく冬彦の背中を見ていた。琉亞は最初こそ一緒に回っていたが、図書室に行きたいと言い結局一人になってしまった。行く宛てもないので、お世話になった教室を回ることにした。

 三階の1―6に着いて教室を見渡した。黒板に落書きがない分三年の教室よりも寂しい内装だった。それでもある意味一番思い入れのある教室だった。それはあいつ出会ったこと。

 不意に風を感じて窓側を見た。

そしたら、いた。そいつが。

窓を開けて風に当たっていたシグマは振り向いていきなり煽ってきた。

「やあ、騒がしいと思ったら治人か。久しぶり、相変わらず人形遊びは楽しいかい?」

「何を言って⁉」

 俺はバッグを抱きしめ、ため息を一つ吐いて。風が吹く。

「人という人生に答えはない。自分が自分を追い詰めるだけの、被虐劇だ。誰も罰せない。どうしようもない。だから思い出にすがるんだろうね。過去の栄光とやらに」

「何が言いたい。もしかして、ここに来ることを知って待ってたのか?」

「偶然だよ。本当に偶然さ。ボクははただ、助言しただけさ」

 シグマはいつものように笑って見せた。今ならはっきりとわかる。コイツの笑い方はどうも、読めない。心が籠っていない。目も笑っていない。薄っぺらい、貼り付けた形だけの藁半紙の笑顔。常に光がないように見える目を見ていると吸い込まれそうになる。底なしの世界に落ちていくような、いや、引っ張られるような感覚。

「はあ、俺は、俺は」

「君は・・・そうか。そのバックに入っている人形たちが心の支えか、あとあれも。でもそれじゃ、君は落ちていくだけだ。いつかのボクらみたいに」

 過去のトラウマを思い出して、急に胸が苦しくなる。

「はぁ、はぁ、だから、何を言いたい」

 くるしい。いやだ。いやだ。それはいわないで。おれ、おれおれおれおれ。俺?

俺は。

「ん?」

だめだ。

「君が」

やめて。

「壊れてるんだよ」

「壊れて・・・」

『人は事実を隠すことで自分自身に嘘を吐いて生きることもある。その事実を突きつけられたとき。人はどうなるんだろうね』と過去にシグマが言っていたことを思い出した。これもシグマの実験だと?ふざけるな!やめてくれよ!

 心の中でいくら訴えても言わなければ伝わらない。それでも、シグマは理解した上でいうのだ、突きつけるのだ。それがシグマ。

「そうさ、壊れている。人としての感情、感性、経験は全て壊れている。それは君のせいじゃない。全て環境のせいだ。身内の死によって引き起こされた病。そこから、周りの人間が君を避け、高校を卒業してからは常に一人だった。働いても平均以上にできるのに、どうしてか上手くいかないことの方が多く、立場もなければ居場所もない。だからどうしようもない、このままでは救いもないだろうさ」

 まるで知っているように話す出来事、その全てが真実。当然見てきたわけじゃないのに、予想がつくというだけで、ここまで言い当てる。それがシグマ。

「どう、どうしたら、いい」

「さぁ?タイムマシンでも作れたらいいんだろうけどね」

「なら作ってくれよ‼俺を助けてくれよ‼タイムマシンを作ってくれ!」

 この馬鹿なやり取りが発端だ。

 シグマが居なければ。

 シグマが俺を煽らなければ。

 シグマが俺を看破しなければ。

 シグマがタイムマシンなんて言わなければ。

何も始まらなかった。だから、シグマには複雑な感情を抱いている。この四年前の日の翌日。ポストにはどこかの水族館で購入したであろう、ポストカードが入っていて。

「たった一言で人の人生は大きく変わる。だからその罪を清算しに行ってくる」とだけ書かれていた。

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