第20話 三人でのカラオケ
部活もなく学校もない休日。俺、冬彦、琉亞で遊びに街に出ていた。休日に急に呼び出されて何かと思ったが、琉亞、冬彦の親が懐かしがって遊んでくるように促したらしい。だからなのか、ある程度のお金を渡されて、カラオケに向かっている。
「ちょっと前、純玲の様子がおかしかったんだけど、最近は元に戻ったんだよ」
「へ、へー、なんでだ?」
「さぁ?」
「で、でも純玲ちゃんを怒らせることあんまりしないもんね、ハルは」
「ああ、怒らせたら怖いのわかってるからな」
純玲のことも二人もよく知っている。純玲は意外と友達を作るのが苦手で、いつも一緒になって遊んでいたせいで、二人とも仲が良かった。
「その、純玲ちゃんはどうしたのかな?」
「行かないってさ」
結局のところいくら思考を巡らせても純玲が怒っている理由がわからずじまいだった。機嫌が直っても、早々に部屋に籠ってしまい聞くことすらできていなかった。
「純玲ちゃんに会いたいな」
「だな、俺もまた純玲ちゃんに会って罵倒されたい」
「琉亞はいいけど、冬彦はなんだよ。気持ち悪いぞ。兄として会わせたくない」
冬彦が「このシスコンが」と小声で言ったが、あえて無視をした。否定できない面もあるが、今は神前との出来事のおかげで気分がよかった。
「そういえば会長と何か進展したのか?」
「神前と?ああ、ちょっと出かけただけだよ」
「神前って、いつの間にか呼び捨てになってんぞ。なんかあったんか?」
「わからない。いつからかは忘れたけど、そう呼んでいた、多分今日から、ゲーセンで」
「「あー」」と二人で納得した表情で笑っていた。
「ゲームセンターに一緒に行くほど、仲良くなったのか。ゲーセンとは縁のない人だぞ」
「それが、違ったんだ。意外なことにゲーセン通いだったんだ。ほら、あのレースゲームあるじゃん。あれ」
琉亞は首をかしげ、冬彦は口を開けて意外そうな顔をした。
「やっぱ知らないよな。あの人、店内ランキング一位のバケモンだ」
「嘘だろ?あれ生徒会長さんだったのかよ。チャンプを再現したCPUと対戦したけど、細かな操作ととっさの判断ががむずくて何度もミスってランキングに乗ること自体難しかったぞ」
「だよな、一度も勝てなかった」
一通り神前の話をした。時折琉亞が質問をしてきて、興味がないわけではないようだった。冬彦も女性のことなら何でもいいようで、情報が手に入ったことを喜んでいた。
「そういえば、琉亞がカラオケだなんて。珍しいな」
「行ってみたいの。ちょっとした知的好奇心かな」
琉亞は小さいころから本を読んでいた。その行動原理は琉亞の言ったように知的好奇心からだった。本を読み終えたら、読み終えた本での疑問を解決すべく、疑問に関連した本を読むの繰り返し。時には読みながら読み終えた本を思い出し、読み返すこともあった。そのため行動力は非常に強く、本人でも振り返るとなんでやったのかわからないと思うこともあったそうだった。だからなのか、小さなことにはよく気付く。
「それより、純玲ちゃんはなんでそんなに怒ってるんだろうね。神前生徒会長のことは話してないんだよね。ならどうして・・・そばから見てたとか?」
「そんなことあるかな?だっていつも中学に行ってるんだぞ?」
「だ、だよね、ならなんでかな?知り合いだったのかな?」
いくつかの考えを話し合っても推測の域を出ず、一つの会話の種になっていた。冬彦は楽観的に。琉亞は論理的に。俺は論理的に考えつつも感情的に。
話しているうちにショッピングモールの近辺にあるカラオケボックスに到着した。ここら辺では一番安いが、ボロい個人店。お小遣いでも気楽に行ける学生の味方だ。“現代”では潰れて更地になってしまっているため、再度訪れることのできた時点で心が沸いていた反面、嫌な思い出も蘇ってくる。中学の頃に、部活で知り合った人と来店したところ、それはそれは立派な艶と大きさの黒光りする虫に遭遇したこともあった。ご・・・黒光りする虫は大の苦手であと三十分時間があるのに、店を飛び出したこともあった。
今日は見ないといいなと思いながら入店。ロビーにはカウンターとドリンクサーバーとトイレの出入口が三畳半程度と、非常に狭い場所に集められているのがまた個人店らしい。
「はい、いらっしゃい。三人ね。何時間にします?」
「三でいいかな」
「はいよ、ちょうどこれで満室ね」
冬彦は手慣れた動作と口上二人に聞いて、手早く会計。カゴに入ったカラオケ端末とカップをもらった。
「203で俺コーラな」と先に行く冬彦。ドリンクサーバーに向かって、ジンジャーエールをとメロンソーダを6:4で割って入れたあと、冬彦のコーラをコップに注いで備え付けられた簡素なトレーに置いた。
一台しかないドリンクサーバーの前に琉亞が立つと、指で何もない空間を縫っていた。琉亞は迷うことが多い。こうした小さなことでも決断が遅い。でも、別にそこが嫌でもなかった。かくいう自分も人のことを言えないからだ。今回の様に慣れている場でならスムーズというだけだ。
「うー、どうしよう。オレンジ?りんご?うーん」
「・・・」
だからと言ってここで口を挟めば長引くことを知っている、だが置いていくわけにはいかない。迷った末に炭酸のぶどうジュースに決めるまで一緒にいた。
「ごめんね、待っててくれてありがと」
「いや、別に。それより、トレーにコップ置いてドア開けてくれない?」
「うん、わかった」
ロビーから出ようとしたとき、ちょうど二人組の女子が来店してきた。瞬時にその双子が江梨姉妹だと気づいて、足早に冬彦の元へ向かう。
「さっきのって、うちの高校の人だね」
「そうだな」
双子と出会うのはもう少し先で、部活が始まるころのはずだ。ここですれ違わせたのはシグマの悪戯か。単なる偶然か。
冬彦は意外にもカラオケは得意な方で90点以上を連発し、最高得点は97点と、平均80点の身からすれば非常に羨ましい限りで、冬彦はカラオケを武器に数人の女子を落としていた。モテたいから羨ましいわけではなく、単純に歌が上手いのが羨ましい。
ちなみに、琉亞は。
「翼を広げ~青く~」
平均85点、最高90点と自分よりちょっと上手かった。女性の方が歌が上手いというイメージであったため、驚くことはなかった。が、自分が一番下手であると分かった時がつらいのだ。勝手な被害妄想であることは理解しているが、つい考えてしまう。
「相変わらず、治人は歌が上手くないよな」
「ハルならもっとうまいイメージ、だったんだけどな」
勝手なイメージで頭を抱えていると琉亞にマイクを渡された。もちろん歌い出しで声が裏返ったのは言うまでもない。
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