第18話 デートらしくなってきたが、なぜここは営業できているのか

 店前に立つと、お店に綻びが見えるのがわかる。窓のフレームのヒビや壁のレンガのくすみ、その壁を覆うツタが屋根まで達し穴をあけ元気に空を仰いでいた。

「ここやってるんですかね?」

「私も来たことないからわからないけど、プレートがopenになってるから多分大丈夫だと思うよ」

 普段からこういったお店をめぐっているのだろうか、神前は慣れた様子で堂々とドアノブを開け、店内に足を踏み入れた。続いて入ろうとしても、拭えない心配により、堂々とは言い難い足取りで入店。

 店内は外から見たイメージではなく、あちこちにゲームやアニメのきわどいフィギュアが置かれ目のやり場に困る内装だった。それでも臆することない神前は一体何を見てきたのだろう。

「いらっしゃい、お二人で?」

 店主は意外にも三十代ぐらいの女性で、ロングスカートのメイド服姿だった。ただ、一点を除けば清楚なメイドさんそのもので、さっぱりとしたアシメトリな髪にヘッドドレスと好きな人にはたまらないものだった。そう一点だけを除けば。

「はい、二人です」

 そのメイドは葉巻を吸っていたのだ。この時代、電子タバコが主流になり紙タバコがほぼ絶滅して、専門店かネットでしか入手できない程稀有なものになっているのに、さらに時代に逆行するような葉巻。メイドが本当に仕えていた時代ならば意外と合っているのかも?なんて思いよりも、葉巻を持つ姿が妙に様になって居たことの方が気になった。

「今は誰もいないし、ふぅー。せっかくだしカウンターでどうだい?」

「せっかくだし、カウンターでいい?」

「え?ああ、カウンターで大丈夫です」

「はいよ」


 言われるがままカウンターに座った。手渡されたメニューには、店前の黒板に書かれていたメニューの他、紅茶にハーブティーが見たこと聞いたことのあるものは揃っていた。甘味や軽食も意外と種類が多く、あっけにとられ、とっさに決めることができなかった。

「凄い、メニューがいっぱいですね」

「なぜかしらないけど、やたらと味にこだわる人間が多く来るもんでね、これを作ってくれ、あれを作ってくれって言われるうちにメニューが単行本の漫画のようになっちまったのさ。だからどれを頼んでも後悔はさせないよ」

「なるほど。ところでその名札で及びすれば?えっと、ゲ、ゲンブさん?」

「ああ、ゲンブだ。そっちの坊主も覚えてくれよ。覚えにくい名前でもないだろう?」

「呼びにくい名前ではないですけど」

「なんだ?変か?」

「いえ、その珍しいなと思いまして」

「ああ、良く言われるよ。変えようか悩んだこともあったが、この名前が似合うっていう人が多いもんだから、この名前のままだよ」

確かにゲンブと言われてしっくりくる部分もあるので、似合ってないわけではないのだが 癖の強い源氏名に思わず吹きそうになる。そのゲンブは時折退屈そうに灰皿に灰を落としていた。これならいきなり強盗が来ても、カウンターの下からショットガンでも取り出して、押さえてくれそうだと思いながら、再度メニューに目を通した。

「「すみません」」「「あっ」」

「かー、なんだい、気の合うカップルかい。見せるね~」

「カップルじゃないです。ただの先輩後輩の仲です」

「そうかい?ふぅ~、あたしの目には嬢ちゃんの方はそんな感じに見えないな」 

「まさか、そんな・・・って、え?」

 神前の方を見ると顔を真っ赤にして、手を前で振るいつか見た可愛らしい神前がいた。

「そんなことないですから、はい。注文です。カモミールティーに苺とチョコレートラングドシャをお願いします」

 困惑する俺を他所にゲンブは少し驚いていた。

「はいよ、嬢ちゃんは物好きだね。カモミールなんて」

「カモミール・・・」

 カモミールティー。その名前を聞いて、浮ついた気持ちが一気に冷める。現実ではないけど、現実に帰ってきた気がした。

シグマが良く飲んでいた、飲むと落ち着くと言われているハーブティで。リンゴとバナナを合わせた後味で、飲む人によって味が違うと言われるぐらい、複雑な味で癖もあるため苦手な人は苦手だ。ただここでシグマのことを話題に出すのは場違いな気がした。

「ハハハ、あいよ。坊主は何するんだ?」

「えっと、アイスコーヒーと苺と桃のタルトを」

「やっぱしカップルじゃねーのかい?苺を使ったお菓子が好きだなんてよ」

 二人してハッとお互いを見る。俺は目を丸くして、どうすればいいのかわからず、変な顔で笑い、神前は「やっぱり似た者同士だね」といたずらっぽく笑った。その間に葉巻を加えたままのゲンブが厨房に向かった。

「意外と共通点ありますね。苺が好きなところとか」

「そうだね、やるものが違うけどゲームセンターに行くような趣味もあるし・・・そうだ。敬語やめにしよう?」

「え?でも」

「だって私のこと呼ぶとき、呼び捨てになってるし。呼ばれるとき以外敬語だとなんか違和感あるから」

「え?あ?すみません。なんかつい呼んでしまって」

「いいのいいの。別に失礼だなんて思ってないし、それにそっちの方が治人君が呼びやすそうだし」

「わかりました。でも、多分完全には抜け切りませんよ?」

「それが楽ならそれでいいよ」

 了承したものの他に大した話題はなく、会話も途切れ途切れ。気づくと、目の前に注文したアイスコーヒーが置かれていた。

「なんか付き合いたてのカップルかよってぐらいの会話だな。ま、いいんじゃねえの?苺みたいに甘酸っぱい青春だ。お菓子の方はこの後持ってくる。ミルクや砂糖が必要なら言ってくれ」

 置かれた飲み物を同じタイミングで口にして、それに気づいては目を背けるところまでシンクロしていた。傍から見ればいつの日か見ていた恋愛ドラマのワンシーンのように見えるだろう。

 アイスコーヒーは酸味と苦みが強く、酸味が少ない味で個人的に好みの味だった。

 ドリンクを置いて数秒すると、ゲンブが皿を持って厨房から出てきた。

「はいよ、こっちがタルトで、こっちがラングドシャな。いいもん見させてもらったし、おまけで、タルトは一切れ、ラングドシャは二つ多めにしてあるから、二人で食べな。ほら、あーんとかしてな」

「「ありがとうございます」」

 口を開き『あーん』のジェスチャーするゲンブがありがたくも憎く、殴りたい衝動に駆られたが、ぐっとこらえて、手を合わせていただきますを言ってから、皿と一緒に置かれたフォークでタルトの先端を取り分けて口に運んだ。

 たった少し、口に含んだだけで、苺の甘酸っぱさが口いっぱいに広がり、苺が酸っぱすぎないように桃の甘さが絶妙に融合して、どっちもの存在感があり相互関係を築いていた。また、左右で苺と桃に分かれているため、どちらか一方を楽しむことができる点も良かった。

「美味しい。本当に美味しい」

「気にってくれてよかったよ、嬢ちゃんもどうだい?」

「とっても美味しいです。サックサクでお土産売り場じゃ食べられない美味しさです」

 ゲンブは頷いて満足そうにしていた。神前も好評のようで、一つ口にしては時間をかけゆっくり味わっていた。その表情が幸せそうで、つい写真を撮りたくなったが、脳内フォルダに保存することにした。

「さて、見せてくれよ。ほら、あーんを」

 幸せムードを壊したのは他でもないゲンブ。再び口を開いて『あーん』のジェスチャーをしながら馬鹿にしたような笑いを浮かべていた。多分からかっているだけだと思い。ゲンブをじっと見ていると、難しそうな顔をして頷いて返してきた。

「ほ、ほんとにやるんですか⁉神前はもやる気じゃないよね⁉」

「あはは、やらないといけさそうだし、やろうか。はら、あー、ん」

「お、嬢ちゃんはやる気を見せたか・・・」

無言で俺を見つめるゲンブ。数秒目を逸らしても、ずっと見ているのがわかる。神前に救いを求めるように、見ても神前もこっちを見ていた。

「やるしかないのか」

「そうこなくちゃだ、坊主」

 神前はラングドシャをつまみ俺の口に近づけた。その表情は羞恥に耐えながら必死に真顔で取り繕うとしているが、顔が熟れた白桃のように染まり手が少し震えていた。

「え、え、え、あ、あーん?」

 意を決して目を瞑って口を開いて、ラングドシャを歯で受け取り咀嚼するも味なんてわからない。顔が朱くなるにつれて咀嚼スピードも上がって、気づかぬうちに飲み込んでいた。口に残ったものをアイスコーヒーで一気に飲み込む。

「お、美味しい?わ、私は結構好きなんだけど」

「お、美味しいと思いますよ、多分。できれば今度ゆっくり食べたいです。こんな見られている中だと、味が行方不明になる」

二人で笑いあった。

「だよね」

 ちらっとゲンブを見ると葉巻を灰皿に置きお腹を抱えて笑っていた。今すぐカウンターを乗り越えて、葉巻でも奪ってやろうかと本気で思ったが、美味しい思いをしているのはゲンブだけないのでやめた。こんなイベントはそうないだろう。

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