第17話 デートというには少々・・・
ぶおおおんと轟く地鳴りのような排気音をスリーカウント前に何度も響いた。偽物だと理解していても重低音がリアリティを感じさせ、もとよりこの場に合わない人間とのギャップに驚いていた。
ディスプレイには有名なメタリックブラックのスポーツカーがエンジンを噴かせて他プレイヤーを煽っていた。
「まさかのゲームセンター。UFOキャッチャーでもメダルゲームでもなくレースゲーム」
スリーカウントの最中にアクセルを踏み、ゼロを合図にスタートダッシュを決めた。ガチャガチャとシフトレバーを動かし、徐々に速度を上げていく。カーブですらスピードを落とさずにドリフトを決め、多少のミスでもすぐさまリカバーして速度が二百三十キロ以下になることはなかった。
当然のように首位のままゴール。お店のランキングでも同様に首位だった。
「なんか同じ名前の人でランキング全部埋まってる。・・・嘘だろ。初めて見た」
「やっぱ足りない」
「これで足りなかったら、世界大会とか出場しても違和感ないですよ」
「実際の車で運転したいわ」
「隣に座ったら絶対酔う自信がありますよ。というかその自信しかありません。先輩、免許持ってるんですか?」
神前はクエッションマークを浮かべながら百円を筐体に入れ、再度ハンドルを握った。
「私と君は一つしかかわらないぞ?」
「そっか、今は十六歳か・・・」
「まあいいか、次は治人君もやろう。今なら私と同格の車を使えるぞ」
「遠慮したいところですが、興味が湧いたのでやります」
隣に座って百円を筐体に入れた。数回冬彦に連れられやったことがある程度で、アカウントすらないひよっこなのだが、免許だけは持っていたため興味が湧くのは必然だった。
偽物とはいえ久しぶりのハンドルは高揚感の中に薄い恐怖があることに気づいて、スリーカウントが終わるまで手が震えていたがアクセルを踏めばもう高揚感に呑まれていった。
二人でいくらほど使っただろうか。意外にもいい勝負だったためヒートアップしてしまった。気づけばギャラリーができていて、勝負が終わるたびに歓声が聞こえた。筐体は四つあり一緒にプレイする人もいたが、一位は絶対に神前だった。情けないことに俺は二位を取ることもあったが安定して取れなかった。俺自身楽しめたことに加え、神前の無邪気な笑顔を見れただけで満足だった。
どんな人でも笑っている方がいい。さわやかに見える。
「そろそろ次に行きましょう、何かプレイしたいものある?」
「そうですね~あまり詳しくないの・・・で」
特に隠すつもりもなかったのだが、なんだかとっさに隠してしまった。
実はゲームセンターには何度も通っていた。UFOキャッチャーで景品を取り、妹の純玲にプレゼントすることも多かったが一番はガンコンを用いたシューティングゲームだった。そのシューティングゲームが目に映った。“現代”では既にサービスが終了していた、一人~二人用の『ショットデッドクライシス』。今から三年後に惜しまれサービスが終了した名作シリーズ。ゲームセンター自体が廃れた“現代”はUFOキャッチャーしかなかったため、目を奪われてしまった。
「あれ、やりませんか?」
「えーっと、あれかぁ。前から気になってはいたんだけど、丁度良い機会なのかもね。行きましょ?」
半分ほどいなくなったものの、残ったギャラリーは付いてきた。
「もっと面白いものが見れるかもな」「いやでも案外、神は二物を与えないってことでボロボロだったりして」「それでもいいさ、なんかあの子が楽しんでるだけでこっちまでうれしくなるしな」「ちがいねぇ」「かわいい子万歳」
「いや、わかるけど、カメラは控えろって」
心の声が少しもれてしまった。それでもゲーセンらしい騒音にかき消され、聞いている人はいなかった。
筐体の前に立つと懐かしさで鳥肌が立つ。全身の産毛が逆立ち、体がガンコンを取れと
言っているようだった。
「結構難しそうね。これがコントローラーで、画面に向けて引き金を引くと弾が発射されたみたいに敵が倒れるのね。でも、それだけじゃないのよね」
「そうですね、流石、神前さん理解が早いです。ルールのチュートリアルがあるのでそこで確認していただければ。でも基本的なことは神前さんの言った通り、目標を撃つだけでいいです」
「なるほどね」
お金を入れ、ガンコンを手に取りチュートリアルが始まったところで、気づいた。ここでやりこんだことを見せてしまっていいのだろうか。引かれないだろうかと。神前の方を向いた。ガンコンをぐっと握りしめチュートリアルをしっかりと聞いていた。
「・・・」
「ねぇ、治人君。これ、二人でスコアを競えるみたいよ。せっかくだから全力で勝負してみない?」
「え?でも、これ先輩は初めてなんじゃ」
「いいの、君の本気が見てみたくて」
神前はこの時代で初めて出会ったときに見た、口角を上げる裏のある顔。これはそのまま何か考えがあるという顔なのだろう。悪魔が悪戯を行う時の顔のように見える。
「わかりました。“久しぶり”なので少し見苦しいかと思いますが」
グリップを両手で包むように優しく握る。はぁ、と息を吐いて、画面を見つめた。何千と飛ばしたチュートリアルが終わるころだった。
「始まるよ」
「・・・」
B級映画のようなムービーが流れ終え、“ACTION”の文字が画面に出た瞬間からゲームがスタートした。神前は画面登場した特殊部隊の格好をした敵に向け、反射的にガンコンの引き金を引いた。
しかし。神前は目を丸くした。
確かに神前は引き金を引いた。でも、引く前に敵が倒れていた。それが俺の仕業であると瞬時に気づいたものの、どうしようもなかった。
「ふぇえ?」
「・・・」
画面に映った敵が適切な順序でドミノ倒しのように一定のリズムで倒れていく。リロードすらもテンポよく、時には敵が来る前にガンコンを向けて。一種の音楽のようだった。
通常、二人でもできるゲームでは難易度調整のため敵が追加されていることが多いのだが。それすらも記憶して、正確にただ高得点かつ効率的な頭を撃ち抜いた。誰もが声を上げる暇などなかった。瞬き一つするたびに二、三の敵が倒れていくのだ。
神前も途中からガンコンを地面に向けて、視線をこっちに向けていた。
この『ショットデッドクライシス』では一つのガンコンで数種類の銃を切り替えて使うのだが、俺があえて単発で弾薬が無限なハンドガンだけを使用していたことに驚いていたのだ。
「凄い、本気が見たいといったけどここまで本気とは驚いた。っと、ボスだね。これも一人で終わらせるの?」
「いえ、できれば手伝ってほしいです。ボスの弱点が赤く光るのでそこにできる限り火力を集中させてください。敵の攻撃はこっちで防ぐので」
「わかった。どうしてあんなに行動できるのかと思ったけど。こういうことだったのか」
「来ますよ」
俺が攻撃を落として、神前がひたすらボスに攻撃を与えていく。何もかもが順調で。俺自身こんなにできる人だとは思わなくて、何度か横目で神前を見てしまった。
「神前、その赤いところを正確に一発で!」
「っ!」
ラスボスが倒れリザルトが流れる。神前は稀に俺よりも早く撃つことができるようになり、かなりの数の敵を倒していた。結局ラスボスまでコンテニューなしで突破していた。最後に神前が決めたことでギャラリーが沸き上がった。チャプターごとに小さく沸くことがあったが、最後はギャラリーと店員含めて驚いた。
「なんてやつだ」「ここまでやりこんでいる人は初めて見ました」「こんな実力があるやつなら、あの姉ちゃんの隣にいてもいいな」「ああ、ちょっとイキるだけなら後ろからぶん殴ってやろうかと思ったが、これは素晴らしいな」「マネできんな」
神前もこれには驚きと嬉しさが爆発していたようで、目を見開きながら俺を見た。
「凄い、軽々と想像を超えてきた。やっぱり君は面白い!」
神前は俺を抱きしめた。
とっさのことで頭が追い付かず、押し当てられている胸や柑橘系のさわやかな匂いに少し汗が混じっていたと気づいたのは、神前が離れた後だった。
「え?どうして」
「さて、なんででしょうね?」
神前は「さて」とガンコンを置いて、ギャラリーに向かって解散を促した。まだ見たいなどと興味を示してくれる人も居たが、そこは生徒会長。人を丸め込ませることには慣れていた。
「これで全員かな、でもここはもう居づらいね。店員さんも見ていたようだし。ただ場所を移そうにも、どこか良いところを知らないかな?」
「ここら辺はあんまり知らないですね、家から近くてもここら辺はあまり歩かないもので」
「そうだね・・・私も・・・あ!あの喫茶店は?」
神前の指の先には、ゲームセンター内からでもわかるほど味のある喫茶店。店前には今日のおすすめ「コーヒー他パンケーキ」と書かれた小さな黒板の看板だけが置かれ、店内が西洋風の窓から覗けるようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます