第16話 渋滞する感情
両親の事が好きではなかった。
父は毎日酒を飲み、健康診断で異常値が出ようと酒を飲んでいた飲兵だった。同級生からは怖がれるほど無口で威圧感が凄かったためか、ヤクザと勘違いされたこともあった。時々仕事のストレスを僕ら兄妹にぶつけることもあった。休日はパチンコと競馬に勤しむ。はっきり言ってダメな父親の典型だった。
母もやりたい放題する父に代わって俺や純玲の面倒を見ていたが、手料理はレトルトばかり。偶にレトルトではない料理を作るも生焼けだったり、ヘルシー丼と言ってレタスをのっけただけのご飯の味付けがポン酢だけだったりと手抜きが目立っていた。そんな母はパート三昧でよく体に湿布を張っているなど、痛々しい姿を俺と純玲に晒していた。
ただ、俺は両親の事を嫌っているわけではなかった。いきなり子から親になったのだ、誰もがうまく立ち回れるわけがないと考えていたためだった。小さいころは酷く嫌っていたが、年を重ねるにつれ大人びた考えを持つようになっていった。その結果周りから浮くことも多かったが、それは別の話。
中三の夏休み。旅行して各地を回ることが好きな父親が気まぐれで家族旅行に出かけた。車で日本最大の砂丘を見にいった時の事だった。俺たち一家の乗る車と、乗用車が高速道路で事故を起こした。
片道約六時間のロングドライブで運転が得意な父でも体が答えたのだろう、反応が遅れ相手の乗用車が認知症の女性が逆走していたことによる正面衝突。幸い周りに被害が出ることもなかったが、当然とも言える結果でもあったため誰も責めることなどできなかった。
相手の女性、両親が重症、幸い俺と妹の純玲は比較的軽症で済んだ。当時、ネットの一部では奇跡だと騒がれた。高速道路で互いにスピードが出ていたこともあり、生存すら難しい中、死者ゼロだったため俺と純玲も喜んでいたが、両親は意識不明のまま入院を続けていたのだった。
純玲は俺よりも重傷で、意識こそあるが肋骨骨折、左腕骨折など大きな怪我から、擦り傷など小さな怪我まで負っていた。
純玲の兄なのに、庇ったはずの純玲より怪我が少ないことに腹が立つこともあったが、それより腹が立ったのは相手の女性が退院する頃。俺と純玲が火葬場に居たことだった。
両親の意識は最後まで戻らなかったのだ。
相手の家族が謝りに来たこともあったが、何も覚えてなどいなかった。二人では食べきれない程大きな菓子折りと、黒い線が書かれた薄い封筒だけが手元に残っていたのを“現代”でも覚えていた。
「誰もが敵に見えて、頑張っても頑張っても、誰か偉い人に認められたり、結果を残さないと褒められてはいけない。なんて酷い強迫観念に囚われて、強がることしかできなくて、周りの人に勘違いされるんですよね。そんな酷く勝手な思い込みに縛られて、自分の首を絞めることが癖になって」
「「その癖がないと、枷がないと落ち着かない。」でしょ。やっぱり私と一緒。そんな醜いところまで私と一緒。同情なんてなんて思ってたけど、ここまで私と共通点が多いと自分を否定したように感じるわね」
感情を落ち着かせるためにあははと頭をかいて空を見上げながら少しだけ亡くなった両親のことを思い出していた。案外寂しいものだと思った。だからか両親のことを思い出していると高鳴る鼓動は徐々に静かになっていった。
が、それを一瞬で躍動させるのが恋だ。
「お義父さん・・・いや、叔父さんは悪い人じゃないんだ。本当の子供じゃないのに、食費も学費も出してくれてる。それどころかお小遣いもくれる。ほんと、悪い人じゃないのになんでだろうね。この高校じゃなくて、もっと上の進学校に今からでも入れたいみたい」
「なんで、ですか?今から進学校に入ってもクラスで浮きますし、勉強だってついて行けるかわからないのに。リスキーですよ」
「ね。そうなんだけど、それがわからないみたい。義母さんもそれに乗っかって、勉強を押し付けてくるの。受験が~、就職が~って。そんなに勉強しても意味ないのに」
寂しそうな声を出した。今にも消えてしまいそうな声だった。
だから、消えないように見ていたくなった。近くにいて支えたいと思った。何も言わないのが嫌で、口を開こうとして、閉じた。かける言葉が見つからない。
「・・・」
沈黙を破ったのは神前自身だった。
「ねえ、治人君。付き合ってくれない?」
少しずつ落ち着いてきたのか、声もいつものの声に近くなっていた。
「え?」
「主語を忘れていたわ、私の趣味にね」
「わざと言いましたね。意外と余裕ですか?」
「君だけなんだから」
俺には聞こえない声で神前はつぶやいた。神前も何も思わなかったわけじゃなかった。その気持ちがどんなものであれ、俺に向けたプラスの感情であることには変わりなかった。
「今なんて?」
「なんでもない。さて、どうするの?私の趣味に付き合ってくれるのかしら?」
神前は涙をぬぐい、立ち上がり両手を腰の後ろにやって、いたずらな笑顔を浮かべた。
そんなわざとらしい仕草にすら、ときめく心がうるさい。やかましい。今すぐ消してしまいたい。そんな心に喝を入れて向き直る。
そうだ。
俺はきっと神前玲奈が好きになった。
「内容によるなんて弱気な答えはダメですかね」
「ダメね、今から行きましょ。行ってしまいましょう。拒否権はない」
「構いませんけど・・・え?ちょ、胸が・・・って今から?どこに?」
びしっと決めた神前に腕を取られ、荷物を持って学校を出た。時折神前の胸が手に当たって柔らかくて、心地よかった。
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