第15話 ”現実”でも変わらなかった

 次の日の放課後。シグマに言われた通り神前を手伝いに来たのだが。目の前の生徒会室から、廊下にまで聞こえるほどの大声が聞こえた。

「神前先輩こそ、いつも一人でどこ行ってんすか‼」

「私はみんなのために」

「そう言って働いてるところ最近見てないっす‼」

 入える状況でもないが、止めないといけない状況でもあった。癖で、生徒会室から離れた。自分には関係ないと、自分には責任を感じる必要ないのだと。

 ただ逃げた。

生徒会室に背を向け、立ち去ろうとしたとき。冬彦とばったり会った。

「お?我らが真面目な働き者はどこへ行くんだ?」

「いや、ちょっとな。神前さんに挨拶でもと思ったんだが、今生徒会室が取り込み中のようだ」

丁度、生徒会室から罵声が聞こえて、冬彦は納得した。

「ああ、確かにこれはひどいな。どうする?」

「俺は事態が終わるまで、とりあえず行ける部活でも聞きに行こうかなって」

 冬彦は少し考えて、俺の肩を叩いた。冬彦はこういう時の対応力は本当に羨ましい。

「俺にいい考えがある」

「信用ならんわ。爆発しそうで」

「まぁそう言うなって」

 嫌そうな顔をしたまま、後ろめたさもあってか冬彦について行った。確かに俺は逃げたが、百パーセント逃げたい気持ちになっていたわけじゃない。解決しないと、とは思っていた。ただ、自分が介入しても事態をややこしくするだけだと諦めていたから、逃げたのだ。

この一連の流れが俺の悪い癖であった。

 冬彦と誰もいなくなった自分たちの教室まで連れて行った。冬彦は教壇に立ち、俺は自分の席に着いた。冬彦は妙に体を反りながら話し始めた。

「これから、HR始めまーす。今日はね、みんなにお話があります」

「それ、伊藤先生の真似か。凄いな、まだ二日なのに特徴をよく掴んでる。声帯模写っていうのか?声もよく似てる」

「正解」と言って、冬彦は続けた。

「今、生徒会室で少し問題が起きてるのよ。よくわかんないけど、言い合いみたい。そこでね、私たちのクラスで止めたいと思います」

 伊藤先生はしっかり者というよりも、年の近い知り合いのような感じで話し方にも圧を感じさせない人だ。意外と大きな胸を張りながら話しているので、冬彦も胸を張っているというわけだ。

「クラスって言っても今は二人だけどな。というか、やるの?ホントに」

「安心しろって、声帯模写でバレたこと一度もないからな」

「浮気は何度もバレてるけどな」

「そこは、言うなよ、へこむから・・・」


 二人で生徒会室の前に立った。幸いと言いにくいがまだ争いは止まっていないようだった。二人は見合って、俺は震える手でドアノブに手をかけた。

「「失礼します!」」

「この!」「なにするんです!」

 言い合いはほぼ取っ組み合いになっていた。争っていたのは、神前と制服の上にパーカーを着た女子。確か書記だったはずだ。

 中に入り、先輩を止めにかかった。これで止まれば特に問題はないのだが。

「先輩たちちょっと落ち着いてください」

「なによ!一年の癖に‼」

 どんっとドアの方へと突き飛ばされてしまった。もう少しで倒れてしまうほどの強さで押され、足がすくんでしまったが。冬彦がいることを思い出し、作戦を実行した。

「あ、あの、伊藤先生。何とかなりませんかね?」

「えーなに?みんなで騒いでるの?騒ぐのはいいけど、ほどほどにね」

「先生?いや、でも・・・会長が・・・」

「私はただ・・・」

 俺は神前に目を合わせた。少し前から助けを求めるようにこちらを見ていたようで、脅えていた表情を安堵の表情に変えた。俺は頷き、書記の前に立った。

「神前会長は皆さんのために先生方に頼んでいたんです。だから、仕事ができなかった。神前会長がこのことをみなさんに言わなかったことも悪いです。ですから、ここは抑えてくれませんか?」

「そうね~私も何度も頼まれちゃってさ。そろそろ教頭が折れて、動くと思うな~」

「・・・そうですか」

「じゃ、私は仕事あるから行くわね~」

 しばらく沈黙が訪れた。口を開いたのは書記だった。

「すみませんでした。激務で気が立ってました。わかってたんです。会長がみんなのために動いてるってわかってるのに。すみません」

 パーカーを着た書記が頭を下げた。これに続き、会長も頭を下げた。

「私も、何も言わずにごめんなさい」

 神前は数秒頭を下げた後、そのまま生徒会室を逃げ出すように出て行ってしまった。その後の背中を追う人は誰もいなかった。それが俺の頭に来た。握りこぶしを作り、行き場のない怒りをそのまま自分の右足にぶつけた。その音を聞いてその場にいた全員が向いた。外にいた冬彦までもがドアからひょっこり俺を見ていた。

「お前ら生徒会全員で頑張ってるんじゃないのか。あーもう、くそ、あの人は‼前もそうだった」

 床を強く蹴って神前の後を追いながら“現代”の“過去”ことを思い出していた。


「ほんと勝手な人なんだから。こんなところまで来て、ジメジメしてますよここ」

「私だって頑張っているのに、なんで、なんでみんな私を否定するのかな」

「・・・みんなわかってるんじゃないんです?少ない期間だけ会った俺ですらわかってるから」

「ならなんで、口に出すのかな」

「・・・なんでですかね」

周りを巻き込む勝手なイメージは一切変わっていない。誰かと一緒だ。勝手に思い込んで周りを巻き込んで自爆する。危ないやつ。でも、能力もあるし、ある程度人望はあるし、口も達者。

なのに、誰かに理解されなくて、落ち込む。この前は少女のように暗闇を怖がってもいた。

誰かが支えないと壊れてしまいそうで俺はあのジメジメした場所に向かう。


「ここでしたか。神前さん」

「よく、わかったね。やっぱり不思議な人」

 体育館裏。人が腰かけることができる程度の小さな通路。不良でも陰キャでも来ることはない、神前のお気に入りの場所。

「僕はエスパーなので、なんて」

「ふふっ、でも、なんで?なんで追いかけてきたの?私なんて追いかけるような価値ないのに」

 卑屈になって体育座りしている神前は両腕の中に顔をうずめた。それを見て同じように隣に座った。

「そんなことない」って慰めるつもりだった。でも、神前を見つめて気が変わった。

「場所を移しません?僕も話したいことありますし」

「嫌って言ったら?」

「困ります」

「え?」

 神前は驚いた顔をして顔を上げた。その顔は涙でぐしゃぐしゃに濡れて、初め抱いていた感情はどこかに消えた。もう跡形もなく。綺麗さっぱり。いや、形を変えた、の方が近いだろうか。畏怖や苦手意識は淡い感情に変わっていたのを俺は確かに感じた。

 でも、この感情を抱くのはあまりに久しぶりすぎてどうにかなってしまいそうだった。高鳴る鼓動はここまで走ったせいなのか、感情のせいなのか。そばにいたいという気持ちは目の前の人を安心させたいのか、ただの衝動なのか。

 場違いだとわかっていても、大きな感情は抑えられないのだと思い知った。

全部。全部わからない。ブランクでもない。ただわからない。この感情の行き先も、何をしたいのかも全部。全部がわからない。わからない感情が顔を紅潮させていく。今が冷静なのか、興奮しているのかすら今はわからない。

「俺は・・・いや、僕も家族がいないんです」

 少し声が裏返った。何をしたいのだろう。同情か、自己顕示欲か。案外どうでもいいのかもしれない。

「そっか。私と一緒だね」

「三年前両親は事故で死にました」

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