第10話 汚点

 結局次の日の朝も起こしに来てはくれなかったため、入学して早々遅刻してしまった。幸いにも朝のHR後には来れた。それでも、遅刻は遅刻。職員室に行き、遅刻届を出しに行った。

「入学して早々遅刻って君度胸あるね。それとも学校、嫌になったりしてる?」

「いえ、朝が苦手なだけです。今後は起きられるよう目覚まし時計を買っておきます」

 担任の先生の机の前で頭を下げた。先生は両手を前で振って、「怒っているわけではないのよ」と言った。それは治人にとっては意外な行動だった。

「その、なんだ。私も今年から赴任してきたばっかりでね。それも研修除いたらここが初めての現場だから、自分のクラスで嫌になって学校辞めちゃうってされると結構くるなって。それで確認しただけ」

「その、先生も大変なんですね」

「そうなのよ、でも、大変なのは治人君もでしょう。聞いたわよ、生徒会長さんにこき使われてるんだって?えっと確か、か、かみ」

「神前生徒会長です」

「そう、その子。あの子って凄いよね、ちょっと顔出してみると、手を出す隙がないくらい完璧に、素早く業務をこなすもんだから驚いちゃった。おかげで、やることなくて先生たちの自己肯定感ダダ下がりよ。と言いたいんだけど、手伝うのも難しいのよね。私に拘わらず、他の先生の方たちも自分のことで精一杯よ」

 そんな愚痴を笑いながら朝の職員室で言ってしまってはこの後の居心地が悪くなる気がするのだが、この先生は大丈夫だろうか。

あえて口にせず、実際に経験させようという精神面は大人からの、優しさだ。決して苦しみを味合わせようというわけじゃない。多分。

 ここで一つ疑問が生まれた。

「あの一つ聞いてもいいですか?」

「なに?我が愛しの教え子さん」

「前の生徒会が不祥事を起こして、今の生徒会が大変だというのは神前さんから聞きました。なら、その前生徒会は一体何をしたのか、先生は聞いていますか?」

 先生はそこまで張り続けていた自虐のこもった笑顔をぱたりと辞め、真剣な顔つきに切り替えた。それでも、口にすることをためらうように、腕を組み数秒沈黙した。

「あの、知らなければいいんです。次の授業があるのでこれで・・・」

「いえ、あなたは知っておくべきかもね。一応生徒会に関わっているのだから」

 先生は「私も先輩たちから聞いたぐらいなんだけどね」と前置きをして。

「ここで話すものもなんだし、昼休みに屋上でどうかな。そろそろ時間だし」

 職員室の壁に付けられた時計を見るとあと5分もしない内に1限が始まる時間だった。先生に礼を言ってから急いで、職員室を後にした。幸いにも移動教室ではなかったため、準備も間に合った。


「お、来た来た。遅いわよ、もう先生待ちくたびれたわ」

「朝はとりあえず了承しましたけど、ココって本来立ち入り禁止ですよね」

「そうよ、危ないもの。アニメや漫画に感化されて、入りたがる人も多いみたいよ。ま、憧れる気持ちもわからないでもないけど」

 先生の傍に座り、持ってきたビニール袋からパンを取り出した。本来ならば、純玲が弁当を用意してくれているのだが、昨日の事もあり、仕方なく購買で購入したものだ。

「あれ?先生の分は?ないの?こんなかわいい先生に」

「ないですよ、社会人だからそんなに給料困ってないですよね?」

「あのねー社会人始めたてって本当に金欠よ」

 そうだったと“現代”のことを思い出した。公務員になっても手取りが二桁を切ることもよくあると。周りの人間からよく聞く話だった。俺もれ例外なく金欠で、月の半分の献立がカレーだった。だからといって、パンは1つしかないのだが。

「本題にはいりましょうよ」

「そうね、どう話そうかな」

立っている先生は背の高い転落防止柵にもたれかかって空を見た。

「前の生徒会はね、途中で解散したのよ。それも不祥事も不祥事」

「具体的にはなにを」

「生徒会室と言う限られた人間のみが入れる部屋に、若い男女が数名。あとは想像つくでしょ、イチャコライチャコラせっせの、不順異性交遊よ」

 言葉を失った。これまで、生徒会といえばある程度の規律をもって学校の為に活動するものだと。それこそアニメや漫画から得たピュアなイメージだったことを思い知らされた。

「ただの不順異性交遊ならよかったわ。いや、良くないけど。問題だったのは、若い人を導く先生が混じっていたこと」

「誰から見ても大問題ですよね。なんで、ニュースにならなかったんですか?」

 “現代”でもそんな話は聞いたことがなかった。おそらく、シグマや江梨の作りだしたイベントなのだと理解しながら、話を聞いた。

「ここが問題なのよ。学校側がもみ消したの、お金を使って。その結果、比較的給料が安い私みたいな新人が数名この学校に来たのよ。さっきも言ったけど、おかしいと思わなかった?なんで行事を生徒会に丸投げして、教師は何もしないんだって。生徒会に自給が発生していたら、私たちよりも稼いでるわよ。困ったもんだね、クロいクロい」

「それは」

 確かに思った。通常ならば、生徒会と先生で物事を進める、生徒に成長するようにと、生徒会側に負担が偏ることもあるが、丸投げは聞いたことがなかった。俺がやっている部活への聞き込みも、部長を集めて計画を出してもらえば済む話である。先生が知っていれば、前年はどうだったとか生の声を聞けるのだが、九割が入れ替わり、赴任してきた先生全員が新人だとそうもいかない。

「そんなのあり得るんですか?だって、全員が先生のような新人だなんて」

「大きいバックが居るんだってさ、詳しくは知らないけど。そうみんな噂してるわ。結構裏も取れてるみたいだし」

 変えようのない事実だと。先生は突き付けてきた。記憶よりも異常な高校になっていることに、驚きつつ。新たな気持ちが芽生えていた。神前を助けたい。ただそんなふわっとした思い。

「ありがとうございました。話しにくいことも聞いてしまって」

「いいのよ、それに生徒会につながる人が居れば便利だなって思っていたところよ。案外便利だし、さてお仕事頑張ってね」

「一言多いのは何とかなりませんかね・・・まあいいか。ところで先生」

「まだ何か聞きたいことが?もしかして、先生のスリーサイズとか?私結構自信あるんだけど」

「いえ、そんなことより。名前教えてください」

「え?でも、昨日黒板に書いた―――」

「すみません。忘れました。今からメモするので・・・」

「雰囲気作った私が馬鹿みたいじゃない‼私は伊藤よ‼伊藤佳澄‼」

メモ帳を取り出し、メモをした。平仮名でいとうかすみと。別に馬鹿にしてはいない。ただ、親しみやすいだけだ。

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