第9話 なぜ妹は怒っているのだろうか

「治人君。待ってくれ」

「神前生徒会長。大量の仕事を終えて、これから帰りですか?」

「ああ、それと。神前生徒会長だと長いでしょ?名字だけでいいよ。肩書と一緒に呼ばれるとその、こそばゆいんだ」

 照れながら話す神前に少しドキッとしてしまった。纏うザ・超カリスマ生徒会長みたいな雰囲気が苦手なのに、今はそんな雰囲気は全くと言っていいほどしない。まるで別人だ。

「じゃ、じゃあ、神前、さん・・・?」

「生徒会長よりは、マシかな。それで、治人君。君野球部で何か大変だったらしいね」

「神前せいと・・・さん、は随分と耳が早いんですね」

「生徒会室にまで聞こえていてちょっと話題になったよ。結構攻撃力高い言葉浴びせていたなって」

 生徒会室にまで聞こえるほど大事になっているとは思わなかった。怒られる気がしたが声のトーン的にそういうわけではないようだった。

「あれは、その。その場の勢いというかなんといいますか。もしかして、何かやらかしてしまったとかですか?」

「そうじゃないよ、ただ。君は凄いなって褒めたいんだよ。仕事に打ち込む姿勢は私も見習わないと、と思ってね。まるでお父さんみたい」

「そんなこと・・・ないですよ。なんて、神前さんのお父さんを知りませんけどね」

 神前は苦い顔をしたが、そんなことを気にせずに褒められたことがうれしかった。真正面から純玲以外の人間に褒められたのはいつぶりだろうか。いつも仕事でしわ寄せを受け持ち、罵倒されることばかりだったためか、純粋にうれしかった。

「君は照れるとメダカのような感じになるんだ。なんだか、かわ・・・なんでもない」

「メダカですか?例え方が独特ですね」

「メダカ、好きなんだ。小さい頃家で飼ってたから」

 案外神前のような人も悪くないなって思ってしまった。これなら、恋愛もやりやすいのかもしれない

「お祭りで取ったヒメダカですかね?」

「な、なぜそんなことを知っている⁉心でも読める能力でもあるのか⁉」

 実際は“過去”に雑談の中でペットを飼っているのかと聞いたことがあったため知っているだけだった。案外、ある程度知っている人なら有利に立ち回れるのかもしれないと思った。二度目の高校生活なんて、勉強以外でなにか得をすることがあるのかと思っていたが、悪くないとも。

「なんとなくです。先輩ってなんか、こう、小さい生き物とか好きそうだなって。ほら、スマホの待ち受けも、ハリネズミじゃないですか」

「理由になってないな、でも君は凄いところまでみるんだな、その洞察力は怖いよ。このまま私の私生活まで裸にされてしまうのか⁉」

「そ、そんなことしないですよ、その、偶々ちらっと見えただけで」

真っ赤嘘だった。“過去”で知っているからこその悪用。少しでも神前に近づきたいという、下手な前のめりでやましい心が背中を押していた。

 俺は恋愛をしたことがなかった。厳密にいえば、誰かに恋をしたことはあったが、それはディスプレイの中の笑顔で、現実の人に恋をしたことがなかった。いつも異性と関わる時は短い期間で関係を終えられるように、学期の終わりや学年の終わりなど節目節目で自分から関わりに行かなかった。理由らしい理由はなく、強いて言うならば関わり続けたくないというだけだった。その考えに至った事件があるわけでもなく、ただ思っていただけだった。関係を続けることができないとも言えた。

「君が傍にいるだけで大抵の男は逃げていきそうだ」

「え?それは褒めてるんですか?けなしているんですか?」

「両方だろうか?」

 困惑する俺をよそに、反撃だと言わんばかりにやっと笑う神前は楽しそうだった。傍から見ればカップルのように見えるのだろうか、それとも仲の良い友達と映るのだろうか。案外こんな関係なら悪くないのだろうと思う。

「治人君、君のことを気に入った。ぜひ本当に生徒会に入らないか?一年生だから非公式で構わないけど、ある程度の権力は渡すし。先生方にも事情は話す、少しの期間だけでもいい、冬彦くんではない君の口から聞かせてくれ」

「俺は・・・」

 少し迷った。これはどのように返せばいいのか。と自発的な行動が苦手俺人は数秒悩んでいた。不安に思った神前は「ダメだろうか」としょんぼりと問いかけた。その姿を見て咄嗟に口に出していた。

「やります。やらせてください」

「そうか、嬉しいよ。よし、明日はまずは残った部活に行ってくれ」

「はい。というか神前さんって結構あざといというか、自分の可愛い面を押し出してきてません?」

「あはは、どうだろうね?それじゃ、私はここで、それじゃね。治人君」

「あ、逃げた。はぁ、わかりましたよ、神前生徒会長。お疲れ様です」

 不満そうに振り替えった神前にが少し笑ってまた背中を向けるまで見て帰路に着いた。神前のことを考えていると、スマホが震えて、懐かしい音楽が鳴り響いた。慌ててディスプレイを確認すると、純玲の文字。わかれてもなお電話をかけたのかと甘い思考は捨てて、電話に出た。

『お兄ちゃん、少し遅くない?もしかして女の人と一緒だった?』

「そんなことないですよ?で、何かあった?」

『えーと、なんかお兄ちゃんが女の人と一緒にいる気がしただけ。その様子だと大丈夫そうだね』

 時に女の勘というものは常闇を切り裂くナイフのようだなと苦笑いしながら、話題を夕飯に切り替えていく。

「今日の晩御飯はなに?」

『今日はね~お兄ちゃんの大好きなハンバーグなの。だから、早く帰ってきてね』

「純玲」

「なにかな?お兄ちゃん」

「本当に何もないんだよね」

「ないよ?」

 “早く帰ってきてね“に圧が籠っているような気がして、足早に帰宅した。道中なぜ気づいたのか思考しても、これと言って思い浮かばず、家に着いても玄関が純玲に開けられるまで、開ける勇気がわかずにただ立ち尽くしていた。

夕飯になっても妹の目を見て話すことができず、会話をしても続かなかった。好きなハンバーグの味もわからない。おろしなどと比べれば、比較的味の濃いデミグラスソースなのだが、塩味でできているようにただ、しょっぱいだけな気がしてしまっていた。はたしてこれは本当にしょっぱいのか、俺の意識の問題なのか。悩みながら箸を進めていると。純玲は俺を見ていた。

「どうかした?お兄ちゃん」

「イエ、ナンデモナイ、デス」

 純玲の目には光が灯っていなかった。女の勘で済むレベルの鋭さなのだろうか。そもそも妹って高校の頃ってこんなに束縛強かっただろうかと、思い出して考えてみるも、思い当たる節はなかった。

「純玲、今日学校に来てた?」

「行ってないよ、私も今日入学式だったし」

「ならなんで、そんなに怒っているのですか?」

「怒ってないよ」

「はい」

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