第2話 これが青春の残滓。残光だ。

 四年前。俺はシグマにタイムマシンを作ってくれと言った。もちろん自棄になって言った冗談だった。シグマもわかっていたはずなのに、本気になり、次の日には音信不通になっていた。家のポストに、「探さないで」というイルカの描かれたポストカードを残して。

それが昨夜電話をしてきたのだから。うれしさ半分、怒り半分の複雑な感情を抱いていた。

そして翌日、シグマからとある場所に呼び出された場所に俺は居た。それは俺とシグマにとってターニングポイントになった場所。

S県F市F一中学校。ここから俺たちは壊れていった。

「ここに来るのは久しぶりだ。四年前に廃校になってから、一回仲良い奴らで集まったきりだ」

今にも振り出しそうな空と母校を見て。雰囲気が怖いなと、綺麗な思い出と違う荒れ果てた母校を仰ぎ見ては、今の天気のような気持になった。

待ち合わせ場所の1―6組の教室に向かった。三階なため、道中色々思い出しながらゆっくり歩いていた。

廊下を走って何度も怒られていたこと。提出物をいつまでも出さなくて職員室で怒られたこと。委員会で校内を巡ったこと。シグマを始めとしたバカやる奴らと笑っていたこと。全てが良い思い出ではないけれど、お金では買えない大切な思い出だ。

「さてと、確か音楽室の前だったな。違うか、音楽準備室の隣か。でも音楽室が近かったから、1―6のみんなで何かするのには便利だったな」

1―6の扉に手をかける。当時はレールが壊れ良く外れていたという記憶が蘇り、倒れないように両手でゆっくり開ける。汚れた空気が流れてきた。当然、中は荒れ果てていた。当たり前だ。誰も人の出入りを想定してないため、掃除もしてなければ換気もしていないのだから。

「マスクぐらいはもってくるべきだったな。とりあえず、窓を開けるか」

 教室中の窓を開け、汚れた空気が教室の外へ出ていき、多少はマシになった。どこかで落ち着こうと適当な机に座る。見渡しながら懐かしんでいると、教卓に見覚えのあるものを見つけた。銀色のシャープペンシル。ゆっくり座ってもいられず、教卓にまで急いだ。

「これは、俺が失くしたシャーペンじゃないか」

「懐かしいだろう?」

 振り返ると。俺がさっきまで座っていた席の隣に座っていた。記憶の中よりも大人になり、髪を腰まで伸ばし、アイシャドウやチークなどの化粧をして、目を閉じた笑顔をしていた女性。俺が振り向いたことに気づいたシグマは目を開け、立ち上がり、こっちに向かって歩きながら口を開く。まるで全てを諦めたように笑いながら。

「それ、どこにあったと思う?」

「さぁ、あの頃、放課後の教室中を探し回ってもなかったからな。見当つかない」

「そこだよ」

 シグマが指さしたのは、黒板だった。

「嘘だ、俺は黒板の裏までちゃんと確認したぞ」

「黒板の下にチョーク入れがあるだろう?その裏に黒テープでぐるぐる巻きにされて、貼られてた。気づかなくても無理もないよ。というか、そんな高価なもの持ってくる方が悪い」

「うっ、あの頃は色んな物にこだわっていたからな・・・ってもしかしてお前が隠したのか?」

「なわけない」と首を振ったシグマは教卓の埃を払い、その上に座り込んで教室中を見渡した。

「わかるだろう。思い出すだろう。これが青春の残滓。残光だ。ちなみに犯人は君をよく馬鹿にしていた人たち」

「馬鹿に・・・っ!あいつら・・・カンタとトウアか」

 今更込み上げてくる怒りを抑えながら、シグマを見上げた。さっきのからしている寂しそうな顔。何か探しものをしていて、結局ないと諦めた時の顔のように見える。このシャーペンを探していた頃の俺と同じ顔。同じ風も吹いた気がした。

「さて、本題に入ろうか。治人。青春を。あの頃をやり直してみないか?」

「は?」

 意味が分からないと頭をかきながら横に振った。シグマはできなかったと言ったなのに、やれと。こいつの言うことはいつも突拍子のないことばかりだ。でも必ず裏があることを知っている。でも、否定することを我慢できなかった。

「そんなのやりたくない。だって意味がないだろ」

「・・・わかっている。わかっているよ。でも、治人。君は幸せな記憶を持つべきだ。だって、今の君はあまりにも不幸すぎる。なのに、人に与えられた幸せを拒む頑固者だ。きっと今でも“人形遊び”をしているんだろう?」

 俺は顔を伏せ、自虐で笑った。

「悪いかよ、そりゃ俺だって気持ち悪いと思ってる。昔好きになった人を想ってその人の人形を作ってたなんてな。ここに来るまで何度も思い出したよ。メイもエナシもカミマエもルアもみんな作った!」


私は眉間に皺を寄せて、目を閉じてため息を一つ。――だからわかっていた。小中高と一緒に過ごしてきたから知っていた。治人は過去に捕らわれるタイプの人間だと。自分しか言える人間はいないのだと。

「やっぱりか。治人、君はここに来るまでに何を思い出したんだい?人形の子たちのこと?先生たちのこと?いじめっ子たちのこと?いや、総じて君はこう思ったんじゃないか?“あの頃はよかった”ってさ‼」

 突風が教室の埃をさらって、廊下を駆け抜けた。夕日が落ちて空がより暗くなって、私たちの表情を隠した。

 治人は後ろめたい気持ちを。私は今すぐ殴りたい気持ちを。

自分で言っておいて“あの頃はよかった”という言葉がドキりと胸に刺さった。きっと現代に生きる色んな人が同じことを考えたことがあるだろう。ただ私はその文字通りの意味を突きつけていた。それを治人は理解したのだろう、言葉から覇気がなくなった。

「でも・・・俺にはもう・・・」

「だからだよ。もう一度。やり直さないか?治人」

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