第3話 過去は追いかけてくる
まだ雨が降っている。
田舎の小さな交差点で信号待ちをしながらそう思った。そんな当たり前のことを気づいた。おそらく疲れているのだろう。頬を雨が伝ったこともあり、初めてアルバイトをした日の夜道のことを思い出していた。
あの時もひどく疲れていた。現状と違い頬を伝っていたのは雨ではなく涙だったことを思い出し、いつまでも変わらない自分に腹が立った。
「ねぇねぇ、どうしたの?治人お兄ちゃんそんなに眉間に皺を寄せて」
「純玲。なんでもないよ。ちょっとバイトで疲れるだけだよ」
手をつなぎながら一緒に信号待ちをしている妹の純玲が俺を見上げながら不思議そうな顔をして、過労を察したのか、むうっとした顔をした。
「ダメだよ、無理しちゃ。体が一番大事なんだから。それに私はお兄ちゃんが笑ってないと、私も元気が出ないもん」
「そうだね」
信号を睨みながら思い出した。
純玲の前だけは笑っていようと約束したじゃないか。妹には不自由ない生活をさせないと。
手をつないでいる手とは反対の手で握りこぶしを作った。
目の前の信号が青になった。一斉に動く人々に交じって、一車線分しかない横断歩道を渡る。渡る人々は都会と比べて多くないがこの富士の山と海に挟まれた田舎では多い方である。
横断歩道を渡り切って数歩、見知った人を見つけた気がして振り返った。狭い田舎だから同じような人を見ることはあまりなく、思った通りの人なのだろうと決めつけた。
俺は目を凝らして観察した。
よく手入れの行き届いた金髪の女性。グラビアアイドルのようなプロポーションで男ならば一度見れば覚えそうな容姿に、昔の記憶が呼び起こされた。
あの手で作られた手料理は非常に美味しく、俺は食べられることを楽しみにしていたこと。そしてその見返りとして勉強を教えていた。
「・・・っ」
俺は別の事件を思い出し、思い出から逃げるように進行方向に顔を向けた。
「知ってる人でも見つけたの?どれどれ~?あっ、あのお姉さんかな?当ててあげるね、うーんと、多分アルバイト先の人でしょ」
純玲は歩きながら少しだけ振り返って、金髪の女性を見つけるとこちらを向け、名残惜しそうに、視線を横に向けた俺を笑った。
「どうかな、同級生かもしれないよ」
「そっかその線もあるのか!まだまだ修行が足りせぬ~」
金髪の女性の話題は案外あっさり終わり、今日の夕飯の話などの雑談をしている間に大通りに出た。だが、一つ疑問が生まれた。なぜ外に出ているのだろうかと。今日はアルバイトもなく、市役所に用もない。買い物だって先日、食料を買い込んだばかりだと。頭の中で誰に聞かせるでもない愚痴に似た自問自答を繰り返して、頭がパンクしてしまった。
「純玲。今日はなんで外に出たんだっけ」
「もう~またなの?今日は純玲のお洋服を見に来たんだよ!」
足を止め、腰に手をやり怒っていると言いたげなポーズ。純玲は何を着ても似合う子で、学校の制服や演劇部の衣装だろうとなんでも着こなして見せていた。今日は舞い散る桜に合わせて、白いワンピースにピンクの小さなカバンを持っていた。
「もう、しっかりしてよね。お兄ちゃん。純玲がいないとダメなんだから」
そうだった。今日は純玲の洋服を見に街まで来たんだった。と思い出すもどこか空虚な感覚に違和感を覚える。それも純玲の顔を見るとシャボン玉のようにはじけて消えた。
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