第4話 光る君

「先生、誰かを好きになったことはある?」

 星川少年はそう私に問いかけた。

「……あるよ」

 少し抵抗しながら、私は答えた。

「へぇ!誰、どんな人?」

 星川少年の目は輝いていた。

「高等学校の時分だけど。通学時によく見かける女生徒がいたんだ。その子だよ」

「へぇ……じゃあ声かけたりしたの?」

 私は首を振った。

「してない。ただ見ているだけだった」

「先生って観念の世界に生きてそうだもんね……」

 星川少年はそう嘆息した。

「もったいない。そこから始まる関係だってあったはずなのに」

「勇気がなかったな」

 私は苦笑した。

「星川少年は、誰かを好きになったことはあるのかい?」

 そう問いかければ、少年は謎めいた微笑をして頷いた。

「うん。今してるとこ」

「……誰にだい?」

「先生だよ」

 冗談かと思った。

「面白いことを言うね」

「だって本当のことだから」

 そう歌うように云って、少年は私を見つめる。

「……僕とよく会うから、そう錯覚しているだけさ」

 恥ずかしくなってきて、私はそう云った。

「僕の気持ちは本物だよ」

 私はなんと答えたらいいか分からなくなって、

「さ、次のページに行こう」

 と逃げた。

 むーと唇を尖らせて少年はページをめくった。

 帰り道、私は今日星川少年に云われたことをリフレインしていた。彼は私のことが好きだと云う。輝く瞳で見つめられ、その純度の高さにめまいがするほどだった。なんせ、彼はとても純粋な人だ。……まだ16なんだ、身近な大人に惹かれることもあるだろう。そう自分を納得させて、私は考えるのをやめた。じゃないと、彼の好意に飲み込まれそうだった。

 重い病気を抱えているのに、彼は私が今まで会った誰よりも優しく、明るく、希望に満ち溢れていた。その光に、私は惹かれていた。そう、有り体に云うと私は彼のことを憎からず思っていた。しかし、4つも下の少年をどうこうできるわけがない。というか、私の倫理観がそれに対してNoを突きつけていた。だから、彼に私の気持ちを伝えるわけにはいかない。いくら彼が私を好きでいようと、それは大人としてだめだった。

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