第3話 臆病心

 死とは何か。私は星川少年と別れた後も、悶々と考え続けた。腕の中には百合の花があった。はじめて星川少年が私にくれたもの。私は気鬱に感じながら、百合に鼻を埋めた。彼の面影がよぎった。彼と別れなければならない。それも、近いうちに。そんなことあるか。まだ出会ったばかりなのに。もう別れなければならないのか。本当に?

 私は小説家志望だった。しかし、いくら公募に応募しても上手くいかなかった。そのことで私はかなり悩んでいた。しかし、死という巨大な難問の前には、私の悩みなどちっぽけなもののように思えた。彼はそれよりも大きなものに直面しているのだ。

 しかし、私の悩みと彼の境遇はもとより比べられるものではないだろう。そう私は思い直した。私の悩みは、私の人生に関わるものであって、必要なものだ。


 次の日、星川少年を訪ねると、彼は読書をしていた。

「こんにちは、花ヶ瀬さん」

「やぁ、星川少年」

 星川少年は国語が得意だった。

「入院してから、本ばかり読んでるからね」

 そう少年は笑った。

「でも先生、どうしてそんなに浮かない顔してるの?」

 私は思わず頬を触った。

「……そんな顔してたかい?」

「うん。何かあった?」

 少年が穏やかな表情で少し首を傾げ、私を見る。私は苦笑した。

「だとしたら、今書いている小説が手詰まりになっているからだろうな」

「先生、小説書くの」

「うん。こう見えて私は小説家志望なんだ」

「へぇ! そうなんだ」

 心なし尊敬の目を向けられている気がする。でも私の心は沈んでいた。

「そんなに、尊敬されるようなことじゃない。だって、最近分かったことなのだけれど、私には才能がないんだ」

「……読みたいな、先生の小説」

 肯定も否定もせず、少年はそう言った。

「……また今度ね」

 私は星川少年に読まれる勇気が出なかった。これは私の後悔の一つである。どんな不格好な小説でも、彼がそう言ったなら読んでもらうべきだっただろう。なぜなら、彼がそう望んだから。私の臆病心が、それを無碍にしてしまったと気づいたのは、彼がいなくなった後のことだった。

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