第2話 百合の花
「こんにちは、花ヶ瀬さん」
星川少年が出迎えてくれた。私は彼に微笑を落とした。
「こんにちは。気分はどうだい」
「今日は体は幾分か軽いよ。先生が来てくれるからかな」
可愛いことを言ってくれる。彼の傍らに座り、一時間ほど数学をやった。
「じゃあ、今日はここまでにしようか」
「はーい、ああ、疲れた!」
ベッドに横になる少年。そしてじっと私を見た。そして冒頭に戻る。
「花ヶ瀬さんは死について考えたことがありますか」
そう病弱な少年から放たれた問いに、私はすぐ答えることはできなかった。
少し考えて頷く。
「何度かね。答えの出ない問いだから、普段は……あまり考えないようにしているけど」
「そうなんですね」
星川少年はそう言って、ふっと笑った。
「僕は死んだら水になる予定なんです」
「水?」
「そう。そうして世界中を流れるんだ。きっといい気持ちだろうな」
私は笑った。
「いいね。でも君が水になるのは、もっとずっと先だよ。80年後とか」
すると星川少年はちょっと首を傾げて私を見た。
「いいえ。僕、もうじき死ぬんです」
そう星川君は言った。僕は驚愕した。
「……そうなのかい?」
すると星川少年は愉快そうにクスリと笑った。
「こう言うと、大体の大人は『そんなことないよ』とか『そんな馬鹿なこと、言うもんじゃない』とか言ってくるんですよ。先生は素直だから、そのまんま受け取ってくれる」
私は恥ずかしくなってきて手で顔を仰いだ。暗に、私は常識的な受け答えができないと言われているのではないか。そしてそれはその通りなのだ。
「僕、先生のそういうところ、好きだなぁ」
星川少年はそう微笑んで云った。
「……それが私なんだ。それ、本当かい? からかってるんじゃないだろうね」
「ほんとだよ。親と医者がヒソヒソ喋ってるのを聞いたから」
「そんな……」
医者と親御さんが不用心に話している姿を思い浮かべて、私は暗澹たる気持ちになった。
「……希望を捨てちゃいけない。あと、むやみに自分のことを病人だと意識するのもやめなさい」
「そうなの?」
星川少年はキョトンとした顔をした。
「だって、君はそんな枠に収まらない、素敵な人間だからさ」
そうとしか、私は言えなかった。星川少年は頷いた。
「分かったよ。もう自分のことそう思わないようにする」
ベッドの横の机に、百合の花が飾られていた。少年の肌は、百合よりも白かったが、その内側に流れる血を、私は想像するようにしていた。少年の手が百合を一輪抜き取った。
「はい、先生」
「あ、あぁ、ありがとう」
百合の香りは、彼の生を絡め取っていくかのようだった。
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