第8幕

翌日。

僕は彼を呼び出した。


「どうしたの?」


彼が質問した。僕は彼に隠し持っていた包丁を突き付けた。


「僕の隣の席の人が持っている消しゴム、一つ盗んでくれないか」


彼は青ざめている。かわいそうに。


「断ったり、このことを他人に漏らしたりしたら包丁でぶっ刺すから。あぁもちろん致命傷にはしないよ。君を刺した後、僕は逮捕されるかもしれないけど刑務所からでたらまた、キミを刺しに行くからね。あ、君が一発で死んじゃったらどうしようね。裏切られた苦しみを誰に向けようかね。ああ、君の家族にしよう。全員刺しにいくからな。まぁね、つまり裏切らないでね。ほら、5秒数えるから、さっさと盗んでね。5,4,3,・・・・」


 彼は顔面蒼白で走っていった。頑張れ。僕は思わず応援してしまった。やはり彼は善い人であった。僕のために、僕のためだけに動いてくれているんだ。でもさ、そういう善いところが気持ち悪いんだよ。吐き気がする。さっさと悪くなってほしい。


数分後、彼は赤いカバーの、持ち主の名前が書いてあるケシゴムをもって帰ってきた。僕は再び包丁を突き付けて言った。

 

 「じゃあ、君の筆箱の中に入れておいて」


それから10分後。


僕は教室で「暴露」した。

 

 「れい君がケシゴムを盗んでいました」


 授業直前であるから、教室には生徒も先生も全員いた。盗んだれいも盗まれた人もいた。


 僕はれいから、筆箱を奪い、中からケシゴムを取り出す。


 「え、それ、私のケシゴム」

 「あいつが盗んだの?」

 「いくら貧乏だからって人のもの盗むのは」

 

 教室は騒がしくなった。

 担任は、


 「あとで話を聞きます」

 

 とだけ言って雑にまとめた。


 素晴らしい。この担任は何よりも授業を優先する。この雑なまとめ方によって生徒たちはもやもやした気持ちになる。これがれいへの不信感に変わり、行動に移れば、いや、行動をしなくともれいには伝わる。そして精神的なダメージになるのだ。僕の立ち振る舞いの不可解さなど二の次なのだ。一つの事、すなわち「れいが盗んだ」ということしか考えられない馬鹿な生徒たちに感謝。


 目立ったいじめのようなものは今日は無かった。ただ空気が違った。

 僕は放課後、彼をまた呼び出した。


 「わかってるよね、君が悪いんだよ」


 彼は下を向いている。


 「もし、君が僕を裏切れば、君は罪を犯さなかった。たしかに僕は悪いよ。でもさ、盗んだのは君。君は悪いんだよ」


 僕は彼の顎を掴み、無理やり目線を上げさせた。そして目を合わせて言う。


 「苦しいよね。痛いよね。もう負けてしまおう。ねえ、悪くなろう。開き直ろう」


 彼は開き直った。

 

 となるはずだった。

 彼は負けなかった。ああ、最悪だ。やはり彼は善だった。

 本当に善だった。


 「君は、こんなに、悪い人なんか、じゃない」


 彼はそう言った。


 僕の思考回路は壊れた。


 「もし君がこうなってしまった理由が僕にあるなら、ごめんね」


 何、何を言っているんだ。意味がわからない。どうして、謝った?突然すぎる。なぜ、こうなったのだ。お前も悪くなるのではないのか。もうわからない。なんで、何で、そんなに僕を苦しめるのだ。お前が正しいせいで僕はどんどん苦しくなるのに。


 「君はさ、僕の初めての友達だと、思ってる」


 友達?なんなのだ。もうだめだ。狂ってしまう。汗が滝のように流れている気がする。余裕がない。どうするのが正解か。僕にはもうわからない。あ、視界が白くなってきた。お前が存在する限り、いつまでも僕は苦しむ。消えてしまおう。楽になろう。

 もう、僕は自分に負けることを決断した。

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