125話 光の中で


 黄泉の最後の言葉が耳に届いた直後に割れた月の様に浮かぶ黄泉の門の上に方陣が出現して門を照らし、岩の腕が地上から伸びる。


 地上から伸びた腕が黄泉の門を覆う様に掴む。門は閉じられ地響きを立てながら腕と共に地中へと沈んでいった。


(終わった……今度こそ)


 黄泉の魔物達の気配も完全に消え失せた事で自身を繋いでいた緊張の糸が切れる。同時展開が解除され、布津之御霊ふつのみたまも短刀に戻ると一瞬の浮遊感の後に俺は地上に落ちていった。


(力が入らない……)


 同時展開や限界を超えて無茶をした反動のせいか指先を動かす事さえ出来ない。魔力も尽きてる上にカオスクルセイダー達も今は俺を助ける余裕はないだろう。


 風を切る音に包まれる中で赤い羽根が舞う。その直後に後ろから回された腕が俺の体を掴んで羽根の様な火の粉を散らしながら落下の速度を殺していく。


「良かった……今度は助けられた」


 背中から慣れ親しんだ声が聞こえる。炎の翼と声に込められた想いの温かさに安堵すると眠気が急速に襲ってきた。


「ありがとな……それと後、を……」


 なんとか言葉にしようとするが口が上手く動かない。後少しだけだと口にしようとしたが抱きしめる腕の力が少しだけ強くなった。


「お疲れ様、今は休んで」


 その言葉が耳に入った瞬間、瞼と共に俺の意識が落ちていった。






―――――


 ふと気がつくと見晴らしの良い丘に立っていた。心地好い風に草木が揺れて奏でる音が心を穏やかにしてくれる。


(此処は……)


 導かれる様に歩いて丘に建てられた墓へと向かう。墓がある筈の場所が見えてくるとそこには誰かが立っていた。


 傍まで行くと俺と同じ黒髪の女性だった。俺に気付いたのかその人はゆっくりとこちらを向くと陽だまりの様に温かく微笑んだ。


「大きくなりましたね、セルク」


 思わず息を呑む、目の前の人を見て様々な感情が揺れ動き、言いたい事や聞きたい事が溢れて逆に言葉が出てこない。


 女性は手を伸ばして俺の頬に触れる。陽だまりの様な微笑みと優しい眼差しで慈しむ様に話してくれた。


「本当に大きく、逞しくなりましたね……髪は私と同じですが眼はあの人そっくりです」


「母さん……」


「ふふ、こうして話せる時が来るなんて予想してなかったわ」


 母さんはクスクスと笑う。コホンと咳払いすると柔和な笑みを浮かべながら話した。


「本当はもっと一杯話したいけど……あまり時間がないみたいだからまず一番言いたい事を言うわね?」


「あ、ああ……」


「……ありがとう」


 母さんは今にも涙を流してしまいそうな笑顔でそう告げる。思わぬ言葉に驚くも母さんは言葉を続けた。


「健やかに育ってくれて、強い子に育ってくれて、立派に育ってくれて本当にありがとう……私が貴方達の母親になれた事を誇りに思うわ」


「……全部が自分の力でなった訳じゃない。兄貴やアリア達が、カオスクルセイダーが力を貸してくれなきゃ……母さんがくれた力がなければ俺はこうなれなかった」


「それでも選んできたのはセルク、貴方自身よ……辛くても苦しくても頑張り続けてきたセルクだからこそ今があるの」


 母さんはそう言って俺を優しく抱きしめる、今にも折れてしまいそうな細腕でしっかりと……。


「良く頑張ったわ、誰でもないセルクだからこそ私は嬉しくて誇りに思えるの」


「母さん……」


 周囲が淡く光り始める。母さんは包容を解くと俺の手を取った。


「そろそろみたいね」


「ま、待ってくれ! 俺はまだ……」


 母さんの言葉に戸惑うも大丈夫だとでも告げる様に笑みを浮かべる。再び俺に言葉を掛けた。


「大丈夫だと思うけどバドルやあの人と仲良くね? それと貴方を大切にしてくれる人達をぞんざいにしちゃ駄目よ?」


 俺の体が浮かび上がる。俺の手が母さんから離れた。


「最期まで思うままに生きなさい。セルクなら正しい道を選べると信じているわ」


 母さんの姿が徐々に遠のいていく。手を伸ばすが届く事はない。


「……母さん!」


だから。


「ありがとう! 俺、母さんの子で良かった!」


 ずっと伝えたかった事を言葉にした。


「……ありがとう」


 母さんの姿が見えなくなる。最後に見えた顔には涙が伝ってる様に見えた。


「セルク、愛しているわ……永遠に」

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