119話 神に届く牙(黄泉side)


 目の前に漆黒の剣が迫る。止めようと出した左腕が刎ねら続け様に胴を蹴り飛ばされる。


 ただの蹴りで上半身が消し飛ぶ。体の修復と同時に黄泉の魔物達をけしかけるが黒い翼が拡がって数百もの武具が一斉に放たれた。


 武具は意志があるかの如く動いて魔物達を切り刻む。奴の周囲を縦横無尽に飛び回る武具は魔物達を一切寄せつけなかった。


(修復は間に合わぬか)


 上半身の右半分だけ修復すると腕に口を生み出して言霊を放った。


「“轢死せよ”」


 言霊が奴に放たれる。雷を纏った白亜の刃が振るわれると不可視の言霊が斬り裂かれて霧散した。


(言霊を斬った? 八雷神とやらの力を刃に宿して相殺させたか)


 全身に走る雷から我と同じ類の力を感じる。それに伴って感知能力も増しているのか言霊の事象の起こりを察知している。


 渦巻く闇を纏った漆黒の刃が振り下ろされる。残った右腕に幾つもの口を生み出して最も強い言霊を放った。


「「「“死ね”」」」


 この体で放てる最大出力の言霊が届く。奴の動きが止まった事で人にこの言霊を使った事に些かやりすぎたかと自戒した。


「!?」


 雷が爆ぜる。眼に光が宿り雷光を帯びた尻尾が右腕を粉砕した。


(何が……まさか、生命活動が完全に停止する前に無理矢理心臓を動かして蘇生したのか!? だとしても即死の言霊でそんな猶予がある筈がない!)


 離れた位置で体を再構成しながら考える。岩の男や火の娘は受ける直前に受ける箇所を修復したり水の障壁と焔によって体勢をずらして直撃を防いでいたが直撃した時は展開が解除された。


 だが奴は数倍もの言霊を受けた筈なのに持ちこたえていた。言霊を幾つも重ね掛けしてようやく展開を解除させたがそれ自体がおかしかった。


 数十の剣が再構成した体に迫る。言霊で弾くが幾つかが体を掠めた。


(この剣……既に死した魂で構成されているのか! 奴の鎧も同じだとしたら死の言霊が効きにくいのも当然か!)


 当然だが死の言霊は生きてるものにこそ真価を発揮する。既に死したものを対象にしてもその真価が発揮などされる筈がなかった。


 魂の集合体とも言えるカオスクルセイダーが鎧となる事で本来なら抵抗など許さない死の言霊に抵抗する猶予が生まれていた。


 瞬きの間に奴が距離を詰める。奴の蹴りが頭を粉砕させながらふき飛ばされるが飛ばされた先に先回りした奴が尻尾で体を叩き飛ばした。


(だとしてもこれだけの力……人がこれだけの速さと力を完璧に制御出来る筈が……)


 黄泉の門に叩きつけられて奴を見上げながら体を修復する。奴の全身に絡みつく雷を見てその意図に気付いた。


(八雷神の雷で脳を活性化させて演算や情報処理能力を高めているのか……あれだけの力を持て余す事なく制御するとは)


 末端とは言え神を倒しただけはある。人でありながら神に届くだけの牙を奴は有していた。


「なるほど……これが人の力か」


 立ち上がって黄泉の門に触れる。奴を倒す為の算段を立てる我の顔に笑みが浮かんでいる事には気付かなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る