79話 黄泉の獣


(ドウゲンside)


「おいおいなんだありゃ」


 突然現れた黒の軍勢に思わず愚痴る。万の軍勢を真正面から塞き止めるなど流石に想定外だった。


「あんだけの数じゃ迂回も無理か、おまけに空軍も思ったほどの成果を上げれてねえな」


 ゴモンの本陣では水の結界に加えて広範囲に広がる焔が飛空兵を焼き落とし、運良く避けたのも射ち落とされていった。


「女共はともかくあの軍勢も情報にゃなかったな。諜報した奴等はクビ確定だな」


 ドウゲンの言葉に聞いていた部下達は身震いする。ドウゲンの言うクビは文字通り首を刎ねる事を意味するからだ。


「あー……良し、お前等帰るぞ」


「え!?」


ドウゲンの発言にその場にいた部下達が驚愕する。ドウゲンは手を振りながら答えた。


「シオンのおっさん殺っただけはあるわ。あのベルクってのとやるのは分が悪いから帰るぞ」


「で、でしたら撤退の合図を」


「んな事したら追撃されんだろうが。どうせ化物の兵なんざ使い潰してもムドウのおっさんが補充すんだろ」


「し、しかし……」


「はあ、めんどくせえな……ほらよ」


 ドウゲンはそう言うと懐から取り出した短刀を言い募っていた部下に突き刺す。刺された部下は突然の事に目を見開くが次の瞬間には短刀から流れ込むものに叫び声を上げた。


「んじゃ黄泉兵やるからお前がやれ、精々相手の頭数減らしてこい」


 ドウゲンは叫ぶ部下を黄泉兵達に向けて投げ飛ばす。地面を転がる部下に黄泉兵が群がっていく。


 断末魔の叫びと共に黄泉兵が集まっていく。黄泉兵達が姿を変えて巨大な何かになろうとする、そのおぞましさに腰を抜かす者まで現れた。


「じゃ、後は任せたわ」


 ドウゲンはそう言うと馬に乗って本陣を後にした……。






―――――


(ベルクside)


 水晶を破壊した瞬間、オヅマ軍の本陣から異変を感じる。視線を向ければ黄泉兵達が集まってひとつの塊となって蠢いていた。


(マズイ!?)


 嫌な予感を感じて白亜の剣を塊に向けて光線を放つ。一条の閃光が塊を貫いて風穴を空けるがそれは一瞬で埋まると膨張を続けた。


 腐肉の繭とでも言うべきものに斬撃を放つ。上半分を縦に裂かれた繭からそれは飛び出した。


 それは成体の竜に匹敵する体躯をしていた。一見巨大な狼のように見えるが鉤爪のついた六本の脚に異常に長い蛇の尾、背中には毒々しい棘がびっしりと生えており極めつけは頭部の巨大なひとつ眼と体の至るところにある血走った眼がギョロギョロと動いている。


「……八雷神、あれがなにか分かるか?」


「黄泉の獣じゃな、集まり方で色々と姿が変わるが……おそらくここら辺で獣が原因で死んだのがいたのではないか?」


「強いか?」


「まあ良く食ってるのがあの亡者共じゃからな、ちょいと時間が掛かるかも知れん」


 黄泉の獣は慟哭の如き雄叫びを上げると顎を開いて周囲にいる者達を食い始める。オヅマ兵も黄泉兵も関係なく食らっていき、もはや戦と呼べる体を保っていなかった。


 七支刀を振るって雷を放つ、だが直前に前脚を払って打ち上げられた黄泉兵達によって雷が防がれると黄泉の獣の眼が一斉にこちらを向いた。

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