一章:黒装と紅剣

第5話 冒険者ベルク


グルシオ大陸、クラングルズ連合国によって治められているこの大陸は他の地と比べても多くのダンジョンや数多の魔物達がひしめく事からかつて魔大陸と呼ばれ忌み嫌われていた。


しかし長い時を掛けて開拓が進み、良質な魔石やダンジョン探索で得られるアイテムの売買、そして冒険者という命知らず達によって今やその身ひとつで成り上がろうとする者達が集う冒険者の最前線フロンティアとなっていた。








―――――


グルシオ大陸にある数多のダンジョンのひとつ、そこで人知れず死闘が繰り広げられていた。


「ブモォォォォッ!!!」


体長3mはあろう筋骨隆々な体に牛の頭をした魔物、ミノタウロスが巨大な戦斧を振り下ろす。


振り下ろされた戦斧は対峙する青年を粉砕せんと迫るが青年は紙一重で後ろに避けると手にした小剣と手斧を握り直した。


振り回される戦斧を青年は避け続ける、そしてミノタウロスが再び斧を振り上げた瞬間に踏み込んで股の間を滑る様に潜り抜け、その瞬間に足首を斬りつけた。


ミノタウロスが前のめりに跪くと青年はすかさず巨大な背中に小剣を深く突き刺す、そして水の様に淀みない動作で小剣の柄を足場にして駆け上がるとミノタウロスの角を掴んで片手の斧を振りかぶる。


そして斧頭に付いた鉤とベルトから引き抜いたナイフを眼窩へと突き立てた。


「ガアァァァァァァァァァァッ!!?」


ミノタウロスが悲痛な叫びを挙げて青年を振り落とそうと暴れながら戦斧を投げ捨てて腕を頭へと向けた。


腕が青年を捕まえる直前に斧を引き抜き、背中を滑り落ちる様に降りると小剣を引き抜いて離脱する。


痛みに悶え苦しむミノタウロスに対して青年は小剣と手斧を打ち合わせて音を立てる、視界を失ったミノタウロスは聞こえてくる音が自身が戦っている者が出していると気付くと殺意と怒りで痛みを塗り潰して吠える。


ミノタウロスは丸太の様な両腕を地面に叩きつけるとその巨体が跳び上がる、そして青年目掛けて腕を振り下ろした。


地面を砕く音がダンジョンに響き渡る、ミノタウロスの一撃を紙一重で避けた青年の右腕の小剣から魔力の燐光が溢れる、そして引き絞る様な動作から振るわれた小剣がミノタウロスの手首を斬り裂いた。


体勢を崩しながらもミノタウロスは痛みを無視して片腕を振り上げる、だが振り上げると同時に回転しながら飛来した手斧が手の平に突き刺さった。


「じゃあな」


投げられた手斧の勢いで仰け反ったミノタウロスの懐に青年は潜り込む、両手で握った小剣が魔力の燐光と共に振るわれる。


ミノタウロスの首が地面を何度も跳ねて転がる、やがてその姿が崩れていき魔石へと変わっていった。


青年は魔石と武器を回収するとダンジョンを後にした…。






―――――


「やはり今回のダンジョンは偶発型だったという訳ですね」


「ああ、ボスもミノタウロスだったし、道中も3体以上は出てこなかった…青銅級の冒険者が定期的に間引いていれば消滅すると思う」


グルシオ大陸の開拓の現前線基地と云われる街、ウォークリアの冒険者ギルドで依頼された調査結果を報告する、受付嬢は報告内容を紙に記していくと頷いてこちらを見た。


「ではこれで依頼完了です、本当に助かりました、こういった小規模なダンジョン調査を受けてくれる方は中々いなくて…」


「まあ大抵の冒険者は大規模ダンジョンに行くだろうな」


ダンジョンとはなんらかの理由で魔力が溜まると発生するもので規模に差がある、小規模なダンジョンは魔物が出るだけで定期的に中の魔物を倒していれば魔力溜まりが解消されて消滅するが昔からある中~大規模なダンジョンは消滅するという事はまずない上にダンジョン特有の素材に高性能な魔道具や武具等のお宝が見つかる事があるのだ。


どうせ命を賭けるならリターンが多い方が良い、というのは冒険者なら誰もが考える事だろう、俺みたいなのを除いては…。


「それじゃあ、俺はこれで」


「はい、いつもありがとうございますさん!」


冒険者ギルドの後にして外へ出る、もうすぐ日が沈むであろう空を見上げながらあの日の事を思い出していた。


(もう2年も経つのか…)


あの全てを投げ出して逃げた日からはや2年、俺は侯爵家次男セルク=グラントスの名を捨て青銅級冒険者ベルクとして生きていた。


グルシオ大陸で冒険者となってから随分と苦労した、受けられる依頼が少なく毎日の様にダンジョンに行っては魔物を倒して魔石を売り、少しずつ色々な事を学びながら家の奴等が追いかけてくるかも知れないと大陸を転々と渡り歩いてきた。


剣一本だけでは壊れた時に打つ手がなくなるから武器を複数持ち歩く様になった。


利き腕を怪我した時に他の冒険者に助けられてからは左腕でも戦える様に特訓した。


剣だけじゃなく他の武器や戦い方も試していく内に小剣と手斧を持つスタイルに落ち着いた。


そうして色々なダンジョンを渡り歩いては魔物と戦う日々を過ごして気付けばそれだけの年月が経っていた。


(遠くまで来たな…)


苦労が絶えない日々だった、何度も命を落としかけた、それでも誰にも咎められる事なく好きな様に好きなだけ戦えて、そして評価される今を気に入っている。


「やっぱり俺に貴族は向いてなかった、それだけの話だな」


そんな風に自嘲しながら宿に向かう、だがその今がもうすぐ変わるなどこの時の俺は想像すらしていなかった…。

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