第4話 怪物(バドルside)


屋敷で手紙を読んだ父上の様子と父上達に残された手紙を見て思わず顔をしかめる、父上を置いて屋敷を後にするとブレイジア公爵家へと向かいながらも頭を巡らせる。


…セルクが既に船に乗ったとして行き先はどこになる?イーラウから出航する船で行ける所からセルクが選ぶだろう場所は…。


セルクと過ごした日々の中に手掛かりはないか必死に頭を巡らせる、そしてふと思い出した事があった。


(そう言えば学園に入る前…)


それはセルクがまだ領地の屋敷に住んでいた頃の事だった、屋敷の中庭で本を読んでいたセルクを見かけて話し掛けると嬉々として本の内容を教えてくれた。


内容は平民にも知られている魔大陸と呼ばれていた地を冒険、探索した者達の話だった。


中でも魔物との戦いに明け暮れ、多くのダンジョンを踏破した冒険者の話を気に入っていた。


“もしも貴族に生まれてなかったら…こんな風に生きられたのかな…?”


あの時に何気なく呟いた言葉が、想いが残っているのなら…。


「…クラングルズ連合国」


その推測に辿り着くのと同時に馬車が止まって公爵邸へ着いた事を知らせた。






―――――


向かう前に連絡していたのもあったが公爵親子は屋敷にいた、突然の来訪の謝罪と挨拶を済ませると懐からセルクが書いた二枚の手紙を差し出しながら用件を告げる。


「セルクがこの手紙を残して姿を消しました、心当たりはございますか?」


手紙を呼んでブレイジア公爵は少しだけ眉を動かすと隣に座るテレジア嬢に手紙を渡す、無言ながらも読めという圧にテレジア嬢は急いで目を通すが読むにつれて「嘘…」「そんなつもりじゃ…」と呟きながら体を震わせる。


「…随分と弟を可愛がってくれた様ですね、ブレイジア公爵」


「知らなかったとはいえ娘に代わり謝罪する、詫びのひとつとして弟君の捜索に協力させてもらえないだろうか?」


「ありがたい申し出ですが難しいですね、まだ裏付けの取れてない推測の域ですがセルクはクラングルズ連合国に向かってるでしょう」


「クラングルズ連合国…あの中立国ですか」


それを聞いた途端に公爵が難しい表情を浮かべる、その理由はクラングルズの特殊性にある。


クラングルズ連合国は魔大陸と呼ばれるグルシオ大陸で冒険者、商人、職人ギルドといった組織が協力し合う事で運営されている国家だ、そして商業による輸入輸出以外のあらゆる国からの政治的介入、干渉を禁じている完全なる中立国を宣言している。


“争いを持ち込むな、いさかいを持ち込むな、民に養われてるだけの愚か者でないのならばこの程度の約束くらい守ってみせろ”


数百年前にクラングルズ連合国を属国にしようとした国が当時の代表達によって政治、経済的に破綻させられた時に残されたというこの言葉と伝説は未だに語られ怖れられている。


だからこそセルクはそこに向かうだろう、クラングルズで表立って捜索しようとすれば政治的干渉と取られる危険性がある以上取れる手段は限られる。


公的な手段を取っている間に更に時間が掛かり、広大な大陸でセルクに追いつくのはほとんど不可能と言って良かった。


「ですので助力は必要ありません、クラングルズへの手続きは公爵家の手を煩わせるほどの手間ではありませんしね」


手紙を回収して席を立つ、そして最初から落としどころとして考えていた事を提案する。


「ですが助力して頂けるのなら公爵家には隣国のミルドレア帝国方面の捜索をお願いしたい、私の推測が間違っている可能性もありますからね」


「了解した、すぐにでも取り掛かろう」


公爵が承諾したのを確認すると頭を下げる、ここまではグラントス家の嫡男としての対応だ。


「…ここからはセルクの兄として言わせてもらいます」


貴族としての仮面を外して少しだけ感情を覗かせる、これまで決して見せてこなかった怒りの感情に公爵親子は揃って背を震わせた。


「よくも私の弟をここまで追い詰めてくれたな、もしもセルクに万が一があった時には覚悟しておけ」


僅かに引き出した怒りを吐き捨てて退室する、公爵邸を出て馬車に乗りながらこれからを考える。


(…あぁ言いはしたが)


捜索は当然行う、クラングルズも政治的な思惑が絡んでなければ人探しの手配書を配る事くらいは可能だ、それと平行して自分が動きやすくする為にも行動しなければならない。


(…だけどセルクが本当にやりたい事を見つけようとしてるなら)


これからやる事の半分は無駄になるだろう、それでも何もせずにはいられない、何もしない訳にはいかない。


「焦燥を感じるなんていつぶりかな…?」


それでも、歩みを止めるつもりはなかった…。







―――――


「やってくれたな」


ブレイジア公爵が苦い顔をしながら頭を抱える、それを聞いてテレジアはびくりと体を震わした。


「あの小僧に身一つで国を出るほどの行動力があるのも予想外だったが、まさかお前との仲がそこまで拗れているとは…」


「…すみません」


「もう良い、それよりもバドルへの対応が先だ」


公爵の言葉にテレジアは首を傾げる、やるとするならセルクの捜索が先なのではないのだろうかという表情に公爵は苦い顔のまま告げた。


「あれは怪物だ」


「怪物…?」


「国とは一人では成り立たん、故に民を束ねる貴族がおり、貴族を束ねる王族がいる…だが奴はたった一人で国を束ねる事さえ可能なまでの才覚と能力がある」


「そ、それほどまでにですか?」


「だからこそ王族が娘を嫁に出すほどの事をしたのだ、でなければ侯爵家に嫁ぐなどすると思うか?」


言われて確かにとは思う、制度で言えば王族と侯爵であれば結婚するのに問題はない、だが優れてるとは言っても王族の娘の政治的価値を考えれば他国やより上位の貴族に嫁がせたりするのが普通だ。


それでもバドルに嫁がせたというのは王族がそれに匹敵する価値があると判断したからこそなのだと言われれば納得できてしまう。


「その怪物の怒りを我々は買ってしまったという訳だ」


その言葉に過呼吸になってしまうのではないかと思うほど息が荒くなる、改めて自分のしでかした事の大きさが理解できてしまったのだ。


「下手な手段は奴にこちらを貶める口実を与える事になる、許されるにはただ捜索するだけでなく誠意を以て行動するしかない…」


公爵はため息を吐きながら天井を見上げる、公爵の様にバドルの才覚を正しく認識している者は即座に行動を起こすだろう、だが行動を起こさない者にバドルは容赦しない筈だ。


公爵の予想通り、一年足らずでベルガ王国の権力情勢はたった一人に塗り替えられる事となった…。


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