第3話 節穴(父親side)


最初に授かった子、バドルはまるであらゆる祝福を受けた様な子だった。


貴族に求められる全ての才能があった、傲慢さとは無縁の貴族としての責任と在り方を理解する者に育った、誰もが羨む理想通りの子供だった。


だからだろうか、バドルが生まれてから5年後に妻の命と引き換えに生まれたセルクも理想通りに育つのだと思っていた。


セルクは良く大声で泣いた、バドルも泣く事はあったがセルクは比べものにならないくらい泣いた、乳母は「子供はこれくらい泣くものです」と言っていたがバドルよりも手間が掛かって私は疎ましいとさえ思ってしまった。


能力に関してもそうだった、バドルの教育を任せた教師達に教えさせたがどれも良くて人並、唯一剣術は優れてはいるが首位を取れるほどのものではなかった。


バドルと比べれば凡庸、それに加えて成長するにつれて口数は少なく無愛想になっていくセルクにどうしてお前はそうなのだと怒りを抱いた。


だがバドルとセルクは仲が良かった、私がセルクを不甲斐ないと言うとバドルは珍しく眉をしかめて弟は頑張っていると庇った。


今にして思えばバドルとセルクが話している時にセルクは笑っていた気がする、私や誰かに気付くといつもの無愛想な表情を浮かべていた。


明確に気付いてなくても私はそれが気に入らなかったのだろう、それでも侯爵家に連なる者としての最低限は出来ていたからもうそれで良いと思っていた。


セルクが森で魔物を殺しているという報告が入った、学園で教わる剣術ではなく蛮賊の様に残虐な戦い方だったという内容に教育を間違えたと思った。


バドルはセルクの腕ならば心配する事はないだろうと言っていたが私の中では違っていた、報告の内容からセルクが加虐趣味に目覚めたのでないかと思った、侯爵家からそんな者が出たと周囲に知られれば醜聞になると思ったのだ。


だがそれを言えばバドルは怒るだろう、だから万が一あれば困るからやめさせると言えばバドルは納得してくれた、里帰りをさせるというのも加虐趣味に目覚めてないかどうかを見定める為に丁度良いと考えて了承した。


学園に入ってから久しぶりに会ったセルクは入学前と変わらず無愛想だった、事の次第を問えば鍛練の為だと言い訳を始めようとした。


ふざけるな、鍛練だというならば何故学園の教師に教えを乞わない?どうして正当な方法ではなくそんな方法を取る?なぜ教わっている戦い方ではなく残虐な戦い方をした?


気付けば私は怒鳴っていた、カッとなって一方的にまくし立て、バドルに咎められた比べる様な物言いをしそうとした所で止めるもセルクは俯いてどんな表情を浮かべているか分からなかった。


椅子に座り直して森に行かせるのを禁ずるとセルクは慌てて反論してきた、疑惑を深めた私はそれを一蹴して里帰りの事を話そうとした。


「…ざっけんな!!」


それは子供の時以来聞いてなかったほどの大きな声だった、これまで感情を表に出さなかったセルクが明確な怒りを顕にした事に呆けてしまった。


気を取り直した時にはセルクは書斎を後にしていた、侯爵として様々な状況を経験してきた私が呆けてしまうほどの怒りと圧を受けて私はようやく自分が対応を間違ったのではと思い始めた。


『セルクの事も見てあげてくださいね』


妻が残した言葉をふと思い出す…一晩経てばお互い頭も冷えるだろう、非はこちらにもある以上、謝ればもう一度話せるだろうと考えて休む事にした。


そして朝になり、身支度をしていると世話役を命じていたメイドが慌てた様子で部屋に来た。


「セルク様がいません!朝起こしに行ったら部屋がもぬけの殻で!」


部屋に来てみればそこには開け放たれた窓が目に入った、中に入り見渡すと罅割れた机の上に手紙があった。


“もう沢山だ、どんなに努力をしても俺を通して兄貴の影ばかりを見られるのも理想ばかりを押しつけられるのも俺に期待に応えろと要求してくるばかりで俺の事を聞こうともしない事にも耐えられない。


親も、家にいる奴等も、学園の奴等も、兄貴以外の全員が俺を見ようとしなかった。


兄貴の様に才能がなくて悪かったな、理想の子供じゃなくて悪かったな。


俺はもう二度とお前等の前に姿を現さないから死んだ事にするなり最初からいなかった事にするなり好きにしろ。


15年掛けて俺に無駄な事をしてきたっていう事実と現実を教えてくれてよくもありがとう”


それはセルクが私達にずっと抱いていたものを文字にしたものだった、それを読み終えてようやく私は自分が間違っていたと確信した。


セルクが書斎を出ていった時すぐに謝りに行けば…いや、もっとずっと前から…バドルとセルクを比較せずにセルクも見ていれば。


それに気付くとセルクの見えていなかった他の事にも気が付く、子供のセルクは良く泣いて感情を顕にしてわがままを言っていた。


感情を顕にする事もわがままを言わなくなったのも成長したからだと思っていたが違う、私達に失望して意味がないと諦めていたからだ。


セルクが常に無愛想な表情だったのは、ただ一人を除いて誰にも心を許していなかったからだ。


手紙を片手に家臣達にセルクの行方を探す様に指示を出す、指示を出し終えてから自身のこれまでを悔いているとしばらくしてバドルが慌てた様子で来た。


バドルにセルクからの手紙を見せられる、私達に宛てられた手紙とは違い家族としての情や罪悪感を感じさせる内容に心の底からバドルを慕っているのだと理解できた。


「…セルクはいつ家を?」


「…状況からして深夜に家を出たのだろう、門から出たという報告は上がっていないから人員を手配して王都の捜索を…」


「…いえ、深夜に出たとすればもう王都にいないでしょう」


バドルは首を横に振りながら言葉を続ける。


「おそらく抜け道を使って王都を出ているでしょう、身体強化の魔術が得意なセルクなら夜通しで王都から近くの町へ行けます、そして向かうとするなら…イーラウ」


「…どうして分かるんだ?」


「私がセルクならそうします、そして私の推測が当たっているとすれば…セルクはもう船に乗ってる頃でしょうね」


「では、もう…」


「今からイーラウに向かってもどの船に乗ったか、どこへ向かったか調べてる間にセルクは更に移動しているでしょうね」


突きつけられた言葉に脱力する、頭の中で様々な事が行き交うがなによりも心を重くしたのはセルクの事をなにも分かっていなかった事だった。


知っているのは学園や周囲の評価くらいで何が出来てどんな風に考えるのか、私は一つも知らなかった。


「父上、この後の指揮は私が取ります」


「それは…」


「分かるんですか?父上にセルクの考えが」


バドルの言葉に何も言い返せない、バドルは私を憐れむ様な目で見ると踵を返して部屋を後にした。


…私は一体何を見てきたのだろう、少し考えれば、ちゃんと見ていてやれば息子であるセルクをここまで追い詰める事も愛想を尽かされる人間にならなかっただろうに。


後悔しても遅い、自分の目は余りにも節穴だった…。

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