Day21 朝顔

「…………ふぅむ?」

 古道具屋『穴蔵荘』の女主人は、大きな茶色のふかふかした尻尾をピタ、ピタと跳ねさせながら、顎に手を当てて首を捻っていた。

 彼女の視線の先には、水を浴びて湿ったばかりの土と、そこから生えた小さな芽がある。開いた緑の葉は、蝶の羽のように見えなくもない。種の栄養によって瑞々しく発芽し、何の問題も無くすくすくと成長している。問題は、彼女はこの植物が一体どういったものに成長するのかまるで知らない、ということだ。

「確か……朝顔って、書いてあったね」

 種がしまわれていた袋の側にあった、ボロボロの覚え書きを、老眼鏡を近づけながらしげしげと読む。それは既に滅びた国の文字で、大昔に書かれていたものなのですっかり霞んで、詳細は何一つ分からないのだった。唯一、朝顔という花の名前だけはわかった。……花が咲くのだろう、というのも、その朝顔という名称の横にちょこんと書かれた丸いシルエットが、おそらく花の形のつもりなのだろう、という推測に過ぎない。

「フワおばさん! おはようございま~す!!」

 ん、と顔を上げると、道の向こうからトタトタと、三人の子供達が走ってきた。朝の日差しを浴びて揺れる金髪と、白い制服から伸びる薄い手足。クリアネス・フェザーズだ。

「はいはい、おはようさん」

 おそらくは、朝の見回りの仕事でも与えられているのだろうが、少なくともこの三人は、ただの散歩程度に思っているらしい。あっという間に女主人の回りを囲むと、ピーチクパーチクと囀り始めた。

「それなに?」

「お花咲くのー?」

「芽がでてる! すごーい! レア!!」

 実際、こうして植物が芽吹くことは、月ではとても珍しい。それも、エーテルから精製した模造品ではない、本物の種から芽吹いたものだ。

 種は、以前レイニーが来店した際に、ついでにこれにも力をわけておくれよと、古い種の袋を渡して、しばらく握って貰っていたものだ。レイニーの癒やしの力は、悪魔や人間以外にも、あらゆる生物に効果を及ぼす。既に死んでいる種であればそれでも無理だっただろうが、どうやらこの種は息を吹き返したようだった。

「ここまではいいんだけどねぇ。これからどうなるか、全くわからないんだよ」

 ふぅ、と彼女は溜息をもらす。フゥン、と屈んで芽を見下ろしているままその様子を見ていたフェザーズだったが……その内の一人が、突然立ち上がった。

「どんなお花が咲くか、ぜんぜんわかんないの?」

「そうだよぉ。どうやら説明書に、花らしき形だけは見えるから、たぶん花は咲くんだろうけど」

「それってさぁ…………すっっっごく、おもしろそうじゃない!?」

 へぇ? と思わず首を傾げてしまう。フェザーズはその呆気に取られた様子にさえ気づいていないようで、スックと立ち上がり拳を高く突き出した。

「だって、答えがわかんないんでしょ!? これからはじめて知るのなんか、ぜったい楽しい!!」

「そうだよね!!」

「人食いモンスターが咲いちゃうかも!?」

 いや、人食いモンスターは咲かないと思うけど……と、女主人が呟く声も、耳に入っていないらしい。いつの間にか三人揃って、ピーピーとうるさく盛り上がっている。

「……ハァ」

 そう溢した溜息は、殆ど笑い声で震えていた。

「じゃあ、おちびさんたち。持ち帰ってもいいよ、コレ」

 これだけ楽しんでくれるのならば、朝顔も本望だろう。振り返った三人のピカピカと喜びに満ちた顔は、見ている方が幸せをもらえそうなくらいだった。……その後の感謝の言葉は、むしろうるさすぎるくらいだったけれど。


 ……というわけで、今城館の手前では、一つの鉢が置かれている。スルスルと芽は伸び、背も随分高くなった。ひょろひょろと細長い蔦のようなものも伸びてきたから、そろそろ支えになる棒を添えてあげてもいいかもしれない。

 などと、フェザーズの三人は、毎日観察記録を取っている。普段の仕事をするよりも余程熱心な彼らの様子に、クリアネスも何も言わなくなった。

「自由に研究してるねぇ、キミ達」

 通りかかったクエスションに、笑いながらそう声を掛けられる。振り返った三人は、土を触って汚れた顔で、にっこりと笑い返した。


(続く……)

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