Day15 解く
おかしな夢を見た。
夢、というのは主に記憶の反芻、自らの内に元々存在するものが原型になるという。それは記憶だったり想像だったり理想だったり、色々だけれど――。
その夢は妙にリアル、というよりも、実際にあったことのようにどこか近しい感覚だった。
「…………」
丸めていた体を解いて、ソファの上に座り直し、軽く伸びをする。
ふ、とその鼻先に香るもの。
(ああ、夢の中で――)
レイニーは、指先で軽く宙を掻いた。まだ目覚めたばかりの未覚醒の意識は、まだそこに夢の残滓が漂っているかのように錯覚していた。
見知らぬ男が隣にいた。
男だろう――たぶん。姿を見ることはできないが、その息遣いや気配を傍に感じる。彼は無口で、身じろぎもしない。そして、姿形を確かめようと、こちら側から捉えることは決してできない。
手を伸ばせば、煙のように消えてしまう。指先は何も掴めないまま、下に落ちる。
誰、と小さく尋ねても答えはない。その代わりに、気配は背後に回り、またそこで像を結んでいることを感じる。
レイニーは姿を追うことを諦めて、その場に座り込む。彼の内には抗えないような眠気があり、放っておくとすぐに欠伸が喉から漏れる。
見知らぬ男は、ただそこにいるだけだ。白檀のような、沈むような香りを放ちながら、煙のように、そこにあるだけだ。
「貴方は、誰ですか……?」
もう一度尋ねようとして、レイニーは目を覚ました。
あの日から、とレイニーは夢うつつのまま考える。古道具屋で、あの古ぼけた香炉を買った日から。
部屋の中を、あの香りに包まれていた。冷たい清水のように心に染み込みながらも、どこか突き放すような、しかし透き通った清潔な香り。
夢の中にまで見るなんて、よほど自分の性に合っているのだろう。と、彼はぼんやりと考えた。レイニーは腕を伸ばし、香炉を手に取る。そして、大事そうに膝の上に置き、白い両掌で優しく包んだ。
そもそも香炉とは、主に香を焚く為の器であって、それ自体が香るわけではないことが普通だ。そもそも壺は密閉され、中に触れると何やらサラサラとした灰のようなものが詰まっているだけだった。そこから香り立つものを愛でようと、そのように認識して傍に置いているけれど。
つまりこれは、元々香炉ではないのだ。
そこに封印されていた灰とは、つまり。
「……~♪」
レイニーは、小さな声で歌い始めた。
魔王に傷つけられた傷跡は、既に薄らとした痕跡と化していた。体内を巡る魔力も、魂の泉から湧き出て徐々に、血や肉の中に巡っていた。
空は白じみ、夜から朝へと移り変わりつつあった。月のフィルターを操作する芸術家が、今日の空の色を決めて、色と色彩を流し込んでいた。
巡り行く光に、今日という日に、歌を捧げた。それはごく自然な感情の具現。詩を詠んだり、舞いを踊ったり、画布に色を乗せることと同じ、彼なりの喜びの表現だった。
レイニーの歌には魔力が宿り、その歌は周囲に波動のように拡がってゆく。
それが、最後のきっかけとなった。
「――!」
姿を見せない隣人の体に、不意に何か稲妻のような衝撃が走った。ロンは、自分に何が起きたかを理解出来ないまま、意識が暗くなり、灰の中で蹲った。
レイニーは、何かを「解いて」しまった。そこに何があるのかも、知らないまま。
(続く……)
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