Day14 お下がり

「これボクが着る!」

「ダメ! ボークーのーー!!」

 難しい顔をしながら扉を開けたクリアネスは、目の前で繰り広げられる大乱闘に呆気に取られて足が止まった。

 クリアネスの分身――フェザーズ達がギャアギャアと、小鳥の群れのように騒いでいる。彼らは手に手に子供服を手にしては、短い手足をバタバタさせたり、翼を出して飛んで逃げようとしては脚を引っ張られたりしている。

「……お、お前達、静かに! 静かにしろっ!!」

 本体であるクリアネスが一喝しても、殆ど効果は無いようだ。その奥で、器用に針と糸を使って服を繕っているクエスションは、ハハハと乾いた笑みを漏らした。

「ほっとけばいいよォ、俺は気にしてないし。むしろ作るのが遅くてごめんね~って感じ」

 はい、これズボンね。と、下で待機していたフェザーズに出来た端から手渡すと、ワーッと集まってきた他の者達との争奪戦が始まる。

「……すまない。号令を出せば統率できるが、これはこれで、楽しんでいるらしくて……」

「いいって、わかってるから。喜んでくれるのは嬉しいし」

 じゃれてるだけなんでしょ、本気のケンカじゃないならいいよ。クエスションは、再び無言で針仕事に戻る。

「ほら、お前達。取り合いのケンカなどしなくてもいいだろう。大体、服は最初から魔法で作ったものを与えているだろうが……」

「それじゃペラペラなんだも~ん」

「一種類しかないし!」

「ちゃんと、カタチがあるやつがいいのっ!」

 反論どころか、あっかんべーをしてくる個体すらいる。クリアネスは頭痛を感じ、溜息をついた。

 ここにある服は、月の住民達から寄付されたお下がりの子供服だ。それを、クエスションが一つ一つ、サイズを調整して直している。わざわざこんな事をしなくても、衣服など魔力で精製できるというのに、彼らは糸や布の細やかな実感が欲しいという。

(ワガママな……)

 自分はこんなに落ち着いた人格の持ち主だというのに、どうして分身達はこんなに子供っぽいのだろうかと、不思議に思う。

「逆に、キミが真面目すぎるからじゃないの?」

 疲れた顔で笑うクエスションに、む、と眉を寄せながら口をへの字に曲げる。

「……顔に出ていたか?」

「全部出てるよ。クリアはかわいいね、ホント」

 手を休めないまま、丈を計ったり、糸を切ったり、縫い直したり。クリアネスが隣に立っても、彼女は何も言わなかった。

「……エス」

「ん~?」

「……落ち込んでいるのか」

「え~? ……ん~……あ~……」

 ついにクエスションの手が止まって、しばらく何もない正面を見ていた目線が、ふと、クリアネスの方に向けられた。

 疲れた顔のまま、観念したように頷く。困ったように。

「ちょっとね」

「…………」

 クエスションは、隣に椅子を持ち出して、そこに座った。

「そうしていると気が紛れるか」

「ん」

「……そうか」

 そう言ったきり、クリアネスは何も言わなかった。そして、ポケットの中から文庫本を取りだして、読み始めた。

「本体! ヒマならかまってよ~」

「なでなでして~!」

 口々に好き勝手を言いながらやって来るフェザーズを、ハイハイと適当にあしらう姿を見ながら、クエスションは自分の頬に、フッと小さな笑みが浮かんだのを感じた。疲れを誤魔化すためのものではない、自然と湧き上がる軽やかな笑みが。

(……優しいよね。クリアネスも、キミのコドモたちも、さ)

 うーん! と、気合いを入れるために伸びをする。白衣の裾を持ち上げ、肩を回した。

「よーし、残りもさっさと仕上げちゃおうかな!」

 無理しなくていい、と文庫本に視線を落としたまま呟くクリアネスの言葉が聞こえないほどの勢いで、猛然と小さな服の山に突撃していった。


(続く……)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る