Day13 流しそうめん

 流しそうめん、という料理について調べた。割った竹を組み合わせ、高さや曲線を演出し、その中を川に見立てて流水を流し、そうめんという極細の小麦粉で出来た麺を泳がせて、箸で――。

「昔の人は何が楽しゅうてこないなもん食べてたん?」

 半ば絶句するように呟いてしまう。一通りの仕事を終えた後の休憩時間。夜が更けるまでの間、彼女……パンダの悪魔・ラインは、図書館で借りた料理本を読んでいた。

「なんかね~、夏の~、風物詩~? だったらしいよ~」

 ちんぷんかんぷんだ、という顔をしているラインの前には、もう一人別の女性が座っている。彼女は、ナマケモノの悪魔・メモリ。飾り気のない素朴な顔に屈託のない笑顔を浮かべながら、両手で頬杖をつきつつ、見た目通りのおおらかな口調で話を続ける。

「ほら~。昔って、暑かったらしいから~。少しでも~? 涼しい気分に~、なれるようにって~」

「ほなら、涼しい所に引っ込んでしとったん?」

「ん~ん? 主に~外で~、やってたらしいよ~。だって~、大きいもん~。竹って~」

「あかん!」

 理解不能、という表情でラインは本を閉じ、テーブルに叩き付ける。メモリが、本を大切にね~と、伸びやかに言う。

「竹をこないなことにつこぉた挙げ句、わざわざ暑い外に出て! 気分で涼しくなれるかいな! 意味わからんわ!!」

 お手上げ、というように椅子にもたれ掛かり、口を一文字に結んで腕組みをするラインの姿を、メモリは頷きながら見ていた。彼女はそっと指を伸ばし、ラインが放り投げた本を拾うと慣れた手つきですぐに「流しそうめん」について書かれたページを開いた。

 メモリは、この月唯一の巨大図書館の筆頭秘書であり、あらゆる地球文明の記録を分析し、写本へと移し換えた人物だ。ほぼ全ての本の内容を理解し、すぐに調べ上げることができる。……本に関わること以外の処理は、とにかく遅かったけれど。

「人間はね~、気分や情緒を~、とても大切にするの。夏……っているのが、暑い季節なんだけれどね~。季節って、いつも巡ってくるものじゃ~、なかったの」

 人間は、悪魔と違ってずっと脆くて、か弱いから。

 次の季節を迎える前に、命を落としているかもしれない。あるいは、過酷な暑さの中、飢饉や疫病によって、死んでしまうこともあるかもしれない。

 そんな中、季節を無事に迎えられたことを喜んだり、この季節を何事もなく過ごせるようにと、そんな願いや思いを込めて、「節目の行事」を行なった。

「こういうのも~、ほんの些細な、殆ど遊びみたいなものだけど~。でも、それなりに、大切だったと思うんだ~。彼らにとってはね~」

 ラインは、眼鏡越しに竹で出来た冗談みたいな器具を見つめるメモリの眼差しを、黙って見つめていた。

 正直、ラインにとってはそれらの話もいまいちピンと来ない。合理性に欠けるし、不必要で、あまりにも遊戯的だという感想に変わりはない。

 それでも、こうして「記録」となった人の文化を見つめるメモリの目は、あまりにも優しくて。……おそらく、心から愛していて。

 そのメモリの温かな感心だけは、真っ直ぐに伝わってきた。

「それに~」

「ん?」

 えへへ、とメモリは小さく笑う。

「あたしが食べてみたいの。ね~ライちゃん、作ってよ~」

「……はぁ。かなわんわ」

 半ば、こうなることは分かっていた。

 メモリは、自分の気になる料理が載っている本を、こうしてラインに薦めてくる。ラインは一通り読んだ挙げ句、非合理的だの手間がかかりすぎるだの材料の入手が難しいだの、文句を言う。けれど結局、それを呑んでしまうのだ。

「うちには、竹のままで十分なんやけどな……」

 結局、求められれば燃えてしまうというのが、料理人のサガなのだろう。ラインは立ち上がり、もう一度その本を手に取った。

「ま、次の特別メニューにしたるわ!」

 やったぁ、とメモリは無邪気に歓声を上げ、おさげにした三つ編みを楽しそうに揺らした。

(案外魔性なんよなぁ、このコ……)

 そう呟きかけたのを、喉の奥で押し殺した。


(続く……)

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