Day06 アバター

「はいは~い! みなさんどいてくださ~い!」

「こっち崩れてますからー! 危ないですからねー」

 ちょこまかと動き回る白い影が、赤い誘導灯を持って、ざわめきながら見守る住民達を遠ざけている。彼らの背後数メートル先では、白い歩道の終点となる地点が、柵ごと崩れ落ちていた。

 ワイワイと交通整理をしているのは、どれも背の小さな子供達だった。全員同じ金髪で、全員が同じ白い半袖の制服を着ていて、全員が同じ顔をしている。

 彼らは『フェザーズ』。クリアネスという本体から、魔法によって生み出された分身――彼のアバターのような存在だ。

「道をー、あけてくださーい!」

「土砂がくずれてー、キケンでーす! さがって、さがってー」

「どしゃどしゃ〜。どしゃってなに?」

「さぁ~?」

 フェザーズは、クリアネスの羽を核に魔力を纏わせ、精神の一部のコピーを付与して作られた存在だ。クリアネスと同じ顔立ち、同じ背格好ではあるが、大人びて責任感の強い本体とは違い、フェザーズの多くは子供っぽくて明るく、善良で、マイペースだ。また、初期に同じ情報を付与されていても、その後の精神の成長具合によって、微妙に異なる性格に変化していくこともあるらしい。

「本体が魔王サマ呼びにいったけど〜、遅くないー?」

「お茶でもしてるんじゃないのー」

「えー! いいなー、ボクらも早くおやつ食べたい!」

「おやつは食べてない!!」

 あっ、と一斉にフェザーズ達が振り向く。先導するクリアネスと……その背後から歩み来る、魔王アッシュの姿があった。

 ――魔王様だ……城館から出られるのはお久しい……ありがたい……相変わらずお美しい……――

 周囲で距離を取っていた悪魔達の、困惑や好奇心のざわめきが小さくなり、代わりに口々に魔王の来訪に驚いたり、ああもう安心だと安堵する声に変わった。そして波が引くように後ろに下がって、必要以上に魔王の為に道を空けた。

 魔王は小さな笑みを唇に浮かべていた。しかしその顔に特に動きは感じられない。

 そのように描かれた、仮面のような笑みだった。綺麗に整えられてはいるけれど。

 魔王は、周囲から発せられる言葉にも態度にも、ここで起きているトラブルにも、何もかもに、特に興味がないようだった。

「この先だね」

 はい、と頷くクリアネス。彼らの側で、フェザーズだけが、魔王の異様な存在感にも全く臆せず、変わらぬ様子でいた。

「本体~! おそい~! ボクらがんばったんだからほめてほめて!!」

「本当か? 無駄話ばかりしてたんじゃないか?」

「ぜ~んぜん! しっかり仕事してたよ~!」

「しかもかわいく!!」

「かわいさは余計だ」

 彼らがそうして業務報告(?)をしている間も、魔王は崩れた道の方へと勝手に歩いて行く。

 やがて、靴先が崩れた石の破片を踏む。そして、そっと下を見下ろした。

「この間の雨で……地盤が緩んだのかな」

 魔王の赤い瞳が見下ろす先は、断崖になっていた。しかし、暗くはない。むしろ目を射すくらいに明るい、白銀に覆われた岩の世界に、黒い影が点々と差している。

 悪魔達が暮らす領域、魔界の外。そこは虚無の大地だ。

 魔界には都市の他にも、街や森、川や湖、場所によっては雪山や火山地帯などといった、豊富な自然環境の再原図が分布していたが、それはあくまで結界内の話。

 一歩結界の外に出てしまえば、そこは生命の存在を許さない、岩と砂だらけの白い極地となる。悪魔達はエーテルで形作られた精神生命体とはいえ、彼らにとっても全くの常識が通用しない世界だ。

 ……最も、魔王がこの魔界に張り巡らした結界は重厚な為、そもそも外に出たいと思っても、出られるものではないのだが。

「じゃあ、根を張り巡らしてここを補強するよ。崩れた石も取り込んでしまおう」

 簡単だ。すぐに終わる――魔王はそう口にしながら、既に両腕を宙に向けて動かしていた。

 そして、軽く指先を動かす。地面の下から、鈍い地響きのような音がする。周囲で見守っていた悪魔達は、その揺れに小さな悲鳴を上げた。

 魔王の脚の下から伸びた木の根が、泳ぐように石の歩道を割り進む。不思議なことに、木の根の動きに対して、石は抵抗せず、割れもしない。まるで砂の間をサラサラを進んでいくかのように、やがて断崖の先へ辿り着く。

 根は、器用に落ちた岩や石をすくい上げ、分裂しながら、崩れた道を補修していく。木の根はそのまま溶け込むように、歩道の先と一体化してゆき……あっという間に、そこは元通りの終点となった。最後に、落ちていた柵を拾い上げると、それは魔王が自ら受け取り、その場によいしょと突き刺した。

「はい、終わり」

 あまりに簡単に、たった一人で行なわれた工事に、周囲はぽかんとしていたが、やがて魔王を讃える歓声へと変わった。

 魔王は、曖昧な笑みを浮かべながら、彼らに対して手を振り替えしていた。

「…………」

 ここで土砂崩れがあった、などとはとても感じられない程に、その場所は元通りになっている。木の根を巻き込んだ分、多少色が茶色がかっていたり、僅かな凸凹は出来ているとはいっても、それらは些細なことだ。

(……やはり、魔王様のお力は、常軌を逸している。我々は……何の為にあるのだろう)

 クリアネスは暗い顔を隠すように、人々の明るい声を背後に聞きながら、直った柵に両手を掛けて、その先の虚無の大地をしばしの間見つめていた。


(続く……)

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