Day03 文鳥
「……昔の地球には、愛玩動物ってやつがいたらしいよォ」
スイ、スイと黒い板の表面をなぞりながらぼやく、一人の女がいた。
正確には、彼女は女ではない。なかった、というか。
魔王は城館に務める悪魔を、全て男性体で統一していた。その内、彼女クエスションだけは、それを嫌がった。
『だってイヤじゃん? ぜぇんぶ魔王様の取り決め通りなんてさぁ』
そして、彼は彼女になった。自分に与えられた肉体を、自らの手で改造した。肉体を構成するエーテルを細胞単位に分解し、固い骨を砕き、筋肉を丸め、背を縮め、その余剰分のエーテルを乳房に移し替え……内臓器官の変革には、かなりの苦労と苦痛を伴いながら。
『……なんで、ここまでして』
友であるクリアネスに、呆れと疑問を宿した、どこか苦々しく吐き出すような声を掛けられても、クエスションは冷や汗まみれの青ざめた顔に、軽薄な笑みを浮かべるだけだった。
『いいじゃァん、理由なんてさァ、どうでも。それより、ホラ、ちゃんと出来たよ……俺。別に遊びで科学者やってるわけじゃないんだから……』
そんな出来事も、もう数年前になる。今ではすっかり女性の肉体も安定し、無理な自己改造の後遺症もなく、平穏無事に過ごしている。
「ねぇ、この文鳥ちゃんっての、かわいくない? 特におしりの所がさァ、フワフワでさ」
「クエスションさまー。それってー、トリハラですよー」
「トリハラァ?」
クエスションの持つ黒い板の表面は白く輝いていて、それがフィルターのように張り付き、一種の画板のようになっていた。
彼女がスイ、と指先を操作することで、表示された画面が大きくなる。そこに映っていたのは、小さな小鳥を描き写した、精密な絵図だった。白くスラッとした体と、苺のように真っ赤な嘴。利発そうな黒い眼と、細い両脚。……特に、下部。フワフワとした羽毛が集まったお尻や尻尾の辺りを、クエスションは拡大する。
「んもぉ~~。そんなトコロをボクらに見せて、どうするんですか。トリへのハラスメント、ですぅー。やめてくださーーい」
「えぇ~~? 俺はホントにかわいいなって思ってるだけなのにィ。いいじゃん、鳥仲間なんだからさ。キミ達はスズメちゃんで、俺は鶴の悪魔だよォ」
「本体に言いつけますよぉ」
「……それは勘弁かな。悪かったよ」
クエスションはヘヘッと小さく笑いながら、黒い板を引っ込めた。それはまだ開発中の、クエスション謹製の魔法具(ツール)で、『名前はどうしよっかなァ~。マジカルタブレットとかどォ~? 特許取れちゃうかも!』などと独り言を言っている段階の代物だ。今のところ、図書館にある本の内容を一冊一冊記録して、それを移し替える作業に忙しく、実用化までは程遠い。
「じゃあ、ボクら、お仕事あるので。失礼しまーーす」
「ハイハイ、バイバイ。頑張るんだよ、小鳥たち」
では! と、クエスションの周りでウロウロしていた雀たちは、飛び立っていった。
彼らは皆、一人の悪魔――雀の悪魔クリアネスが生み出した分体達だ。彼は自らの分身を自分の羽毛から生み出し、僅かな自我を与え、独立させて使役することができる。概ね、分体達は幼く、快活で、優しい性格をしている。……本体のクリアネスとは、大違いだ。
「かわいいかわいい、小鳥ちゃん~……♪」
一人で即興の鼻歌を歌いながら、クエスションは再びタブレットに目を落とす。
白く、輝くような体を持つ、美しい愛玩動物。……かつての地球の滅びと共に、とうに絶滅してしまっているであろうもの。
(いつか俺やクリアネスのように、「文鳥」という動物種の魂が地球の残骸から抜けだして、一匹の悪魔になる日がくるかもしれない)
画面を弾くと、光は消えた。ただの黒いツヤツヤとした石の板が、クエスションの白衣の腕の中に残される。
(自分以外の生き物を愛玩するって、どんな感情なんだろう。いつか人類に訊いてみたいものだけど……)
窓辺から、外を見る。風がよく通る、広い窓だ。この城館にいるのは多くが鳥類の悪魔だから、転落防止の柵なんかはない。
薄いカーテンが風に揺れている。見下ろす城下町は、穏やかな賑わいを宿している。
「……飼われる気持ちだったら、ちょっと分かっちゃうかも。なんてネ」
彼女が浮かべた笑みは、どこか自嘲じみていた。
(続く…)
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