第3話「毛利という家」
文禄三年、三原に入城した秀俊は、毛利家当主輝元に面会するべく、安芸国を訪れた。
「こ、これは遠いところから……。私は毛利家当主、輝元だ。隆景叔父様の養子と聞いて、ど、どのような者かと思っていたが、安心したぞ」
輝元が自信なさげにしているのを見て、隆景は静かに笑った。
「輝元、息災のようですね」
「ひぃっ! 叔父様も……お変わりなく……」
次に一人の僧が秀俊のもとへ来て頭を下げた。
「秀俊様、ようお越しくださいました。拙僧は毛利で外交を担っております、安国寺恵瓊と申す者。当主様を共にお支えする身としてこれからどうぞよろしくお願いいたしまする」
隆景は恵瓊にも声をかける。
「お久しぶりです、恵瓊殿」
しばらくして部屋の戸が乱暴に開いた。
「おう、すまない。遅れたみたいだな」
吉川広家。小早川家と同様に毛利家を支える吉川家の当主である。
「広家、今日は叔父様がいらっしゃる大切な日です。遅れるとは何事ですか」
「まあそんなに怒るなよ、当主様」
皆が揃ったのを皮切りに隆景が口を開いた。
「ようやく皆、揃ったようですね。この度、私の小早川家に養子として太閤様の元に居た秀俊をもらい受けました」
皆の視線が秀俊に集まる。隆景は話を続けた。
「そこで秀俊も含め、皆に今一度、毛利の家がこれから先、どうするべきかをお伝えしておきます」
そもそも毛利家は隆景の父、毛利元就の手によって中国地方最大の領土を手にいれた戦国大名である。しかし、元就はある考えを持っていた。
「天下を競望するなかれ……父、元就の教えです」
当時、毛利家は一種の連合体のような体制を敷いていた。元就は嫡男である隆元を毛利家当主とし、次男の元春を吉川家、三男の隆景を小早川家の当主とし、周辺の豪族をまとめるような形でその勢力を保っていたのだ。故に中国地方を出て、機内で他の有力大名と戦になれば、自領を直轄支配していない以上、離反者が出て体制は崩壊すると考えたのだ。また、例えもし勝てたとしても、力をつけすぎればかつてこの地で崩壊した平家や大内家のような末路をたどるであろうことは必至であった。
「現在、豊臣家は明への出兵により、前線に居る者とそうでない者との間で対立が起きています。太閤様御自身もお体の様子がすぐれないようで……」
「……つまり太閤様亡き後、また世に戦の火が灯る、と?」
「察しが良いですね、秀俊。そう、私は天下を二分するような大戦が起きる……。そう思えてならないのです」
「天下を二分……? そのような戦、誰が……?」
輝元が驚いた様子で恵瓊に尋ねる。
「恐らく関東の徳川家康、でしょうな……」
「はい、近年急速に力をつけています。太閤様の次に天下に最も近い人物……」
隆景の言葉に輝元はびくびくしている。
「そ、それで毛利家はどのようにすれば……?」
「もしそのような事態になれば、毛利は必ず、重い決断をせねばならなくなるでしょう。そのときに大切なことは、わかりますね?」
「三矢の教え、ですかい?」
広家が元就の肖像画を見て言った。
「その通りです、広家」
三矢の教えとは、かつて元就が説いた教えで、一本の矢では簡単に折れるが三本重ねれば容易には折れない、というものである。毛利家はこれを家訓とし、現在は毛利、吉川、小早川の協力を示す大切なものとなっていた。
「輝元、広家、秀俊。貴方たち三人がそれぞれ、大切な物、自らの役割を見極め、十分に時をかけ決断しなさい。そうすればもし誰かが間違っていたとしても、必ず持ち直すことが出来るのです」
会議を終え、三原に戻る道中、秀俊は隆景に尋ねた。
「隆景様、家康殿と誰が戦を起こすのでしょうか?」
「……わかりませんが、豊臣家の官僚はあまり彼のことをよく思っていないようですね」
「官僚、ですか」
「ええ、特に石田三成などはそういった話をよく聞きます」
「石田……三成殿?」
「ああ、そういえば貴方も豊臣家で見かけたこともあるのではないですか?」
秀俊は彼のことを知っていた。利発で冷静、しかしどこか人に心を開かない……。
「はい。……ただあの方は、私とどこか似たようなものを感じました……」
「なるほど……。それより秀俊?」
「なんでしょう、隆景様?」
「もうあなたは私の養子。私のことは父上と呼んでくれてもよいのですよ?」
隆景の言葉に秀俊は呆れてため息をついた。しかしどうにも照れ臭い。
「は、はぁ……。ち、ち……隆景様」
「ふふ、無理をなさらずとも。いつか呼んでください」
「……承知しました、隆景様」
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