第14話 かき氷
長い梅雨がようやく明けたと喜びもつかの間、猛暑が来てしまった。
酸素が…。
酸素が足りないと思う。
夏って。
どれほど深呼吸しても、冬より酸素が体内に取り込めていないと思うのは私だけですか?
所用で仕方なく外出してぐったりと肩を落として歩いているなか、蝉の大合唱が私を地面へ沈めようとしている…。
そう感じるくらい、夏が苦手だ。
でも、夏の果物と野菜が大好きなこの矛盾。
世の中は矛盾に満ちている。
話を変えよう。
猛暑といえば、かき氷。
暑いなか食べる時のあの快感は、まあ、夏ならではの醍醐味ですね(しぶしぶ認める)。
幼いころは家にかき氷機があったので、夏休みに何度か母が自家製いちごシロップと練乳をかけてくれた思い出がある。
かき氷にはやはり練乳は必須だと思う。
あのとろりとした甘さを濃厚なまますくって頂くか、周囲のまっさなら氷に混ぜてちょっと薄めて頂くか。
スプーンを握りしめ真剣に悩んだあの頃…。
そして、溶けてしまうから早く食べろと超現実的な母にせっつかれたりもしたような。
練乳愛についてはまた後日熱く語りたいと思う。
次に美味しかった思い出は、山口の秋芳洞の出口で従妹たちと食べた苺のかき氷だろうか。
長い鍾乳洞を抜けて外に出るとすぐに、茶店が何軒かあって、外に並べられたテーブル席で食べたような気がする。
こんもりと山盛りのかき氷は、とても嬉しいけれど、食の細いあの頃の私には三分の一がせいぜいだった。
その後たまの外食で出かけたファミレスなどでかき氷を見かけるようになったが、冷房が効いている店内で大きなかき氷と向き合うと、やはりこれも食べれば食べるほど冷えていくわけで、完食できなかった経験からオーダーすることはなくなった。
やがていつの間にか家のかき氷機も消えた。
そうしているうちに高校生となり、学校帰りにちょっと友達と何かを食べるようになった。
え? 高校から? と、驚かれるかもしれないが、私の動向は時間的にも金銭的にも母からぎちぎちと管理されていて、これでも少し手綱を緩めてもらった方だ。
母が少し私を自由にしてくれた理由は、その高校は当時かなり行儀のよい学校だったからだと思う。
まず、似たような家庭環境の子どもが多く、公立にもかかわらず生活指導がガチガチに厳しく、定期的に女子に膝立ちさせてスカートの長さを定規で大真面目に測るようなところだったが、反発する生徒を見かけない。
なんだかみんな羊みたいに従順だなと、斜めに見ていた私は中二病真っ盛りだった。
ただ、私の在学中の生徒たちはみな人が出来ていたので、スクールカーストめいたものや陰湿ないじめは見かけなかったのが、何よりもありがたい三年間だったと思う。
いや、ひねくれてサボり続けた私と違って同級生たちはものすごく真摯に勉学に励んでいた。
生活指導だの、そういうのはどうでもよい。
彼らはずっと、ずっと大人だったのだ。
与えられる知識をどんどん吸収し、糧にしていった。
頭からぎゅっと抑え込まれていた高校三年間は、将来飛び立つためにしゃがんでいただけ。
社会人になったころに同窓会に顔を出してみてようやく気が付いたけれど、それぞれ頑張った分だけの未来をつかみ取っていた。
(ちなみにちょっと毛色の違う自由な先生は何人かいらして、生徒たちに慕われていた)
とにかく、皮を被って仲間のふりをしているけれど余所者の尻尾がはっきり見えている私を見逃してくれた周囲に感謝したい。
振り返ってみるに、同級生たちはみな心優しく、とても可愛らしく、キラキラしていた。
正直、360度どこを見てもこの学校の女子生徒は知的で流行に敏感な美少女ばかりだったのだ。
いわゆる清楚系リア充の花園に、うっかり自己否定型オタクが足を踏み入れてしまったと想像してもらいたい。
乱暴だが少女漫画の雑誌で例えるならば、マーガレットを嗜む女子の所へ、花とゆめを信奉する者が迷い込んだのだ。
どれだけアウェイか解ってもらえるだろうか。
なんだかんだ言いつつもお年頃な私はそんな彼女たちに憧れて、友達になってもらうために自分なりに努力した。
しつこいようだが、あくまでも勉学は除いて。
そんななか、仲良くしてくれた友人たちは流行りのパフェの店やピザの店などいろいろ連れて行ってくれた。
どれも素敵な思い出なのだけど、なかでも一番印象深いのが、冒頭に書いたかき氷だ。
その店は、学校の裏側の交差点にあるちいさな中華料理屋だった。
前に書いた、むかし祖父が商っていた中華料理屋ととても雰囲気が似ていて、やはり床はコンクリート打ちっぱなし、テーブルも椅子も鉄でできた簡素なものだったように思う。
男子学生たちの小腹を満たすのが主だったが、夏だけは趣が変わる。
夏休みにうだるような暑さのなか全学生強制の補習授業のために学校へ行き、息抜きしないかと誘われて、初めてその中華料理屋へ行った。
そう、彼女たちのお目当てはかき氷だった。
生徒たちの要望があったのだろう、なんとサイズが二種類あったのだ。
よくある大盛かき氷と、その半分もしくは三分の一だっただろうか。
百円ちょっとの小さなかき氷。
ちょっと涼みたい場合や、女子生徒にはちょうど良い量だった。
しかも、不思議なことに蜜の種類がたくさんあった。
普通ならイチゴ、抹茶、ブルーハワイ程度なのだろうけれど、林檎にレモンにさくらんぼか何か、夜店でも見かけないような蜜があったような気がする。
あれはいったい、どこから仕入れていたのだろうか。
壁にいっぱいかき氷の蜜の短冊が貼られていて、わくわくした。
いつもどれにしようか散々迷って、選べない私はりんご(バーモントと書かれていたような…)にしていたと思う。
もちろん、同じようにちょっとご褒美かき氷を食べたい学生たちで店の中はあふれかえり、クラスや学年の違う生徒たちが相席するのはもちろんのこと、入りきれない男子生徒たちが器をもって店先で立ち食いしていた記憶がある。
林檎ジュースの味がするかき氷をしゃりしゃりと音を立てて嚙みながら周囲を見渡し、ああ、なんか高校生しているな私…とちょっと感動していた。
そこで心を入れ替え勉学に本腰を入れていれば違う未来があっただろうにと、現在の私は思うのだが、まあ、仕方ないこと。
紆余曲折の果てにたどり着いた現在はそんなに悪くない。
高校は老朽化した校舎を全て立て替え、校風も大きく変わり、女子の制服もちょっと変わった。
そして区画整理で道路が変わり、あの店ももうとうになくなってしまった。
勉強漬けのあの日々へ戻りたいとは思わないけれど、暑いねえかったるいねえと笑いながらほおばったかき氷が、今はすごく懐かしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます