第13話 うなぎのかば焼き
うなぎのかば焼きが好きだ。
だけど最近、かなり選り好みしている。
福岡生まれなので醤油も味噌も甘い暮らしに慣れ切っているせいか、砂糖やみりん甘いものが好きなのだが、うなぎのかば焼きのみちょっとこだわりがある。
余談になるが、九州のさしみ醤油の甘さはよその人にとっては独特だとは知っていたのだけど、先日福岡に数日滞在していた関東の友人が「味噌も甘くてびっくりした」と開口一番に感想を述べられて、驚いた。
そうか…。
さすがにそれは気が付かなかった。
もうこの年になると血肉になっているので、一生この地から離れられんなと思う。
話を戻そう。
最近、しっかりたれに付け込まれたうなぎのかば焼きが少し苦手になってきた。
多分、お弁当などにちょっと乗っている程度は別に良いのだけど、マホガニー色に染められつやつや輝くうなぎはたくさん食べられなくなった。
これはもう、お年頃なのだろうか。
そういえば、ご飯がしっかりとたれに染められたせいろ蒸しも食指が沸かない。
なんだろう。
白ご飯の余地が欲しいように、うなぎの味にも余白が欲しいのだ。
そう考えてしまう理由の一つは、多分白焼きの存在を知ってしまったからなのだろうけれど、その件については次回語りたい。
私の中のうなぎのかば焼きと言えば、幼いころに連れていかれた柳川で食べたせいろ蒸し。
その頃はごはん全体に蒲焼のたれが染みているのと錦糸卵の組み合わせが大好きだったので、すごくすごく美味しい思い出だ。
次の思い出はこれも小学生のころ訪れた唐津のうなぎ屋のうな重。
その日はおくんちという秋祭りの真っ最中で町中賑わっていた。
見事な山車とそれを引く人々の荒々しさを十分見物したあと両親に連れられて入った古い佇まいのうなぎ屋で、賑やかなお囃子を障子越しに聞きながら食べたうなぎはとても美味しかった。
それからずいぶん時が経って、『ユーリ!!! on ICE』というフィギュアスケートのアニメが放映された。
主人公の出身が長谷津という架空の土地出身という設定だったけれど、ようは唐津が舞台だと言っても過言ではない。
唐津城や海岸、そして商店街と細かな景観が作中ふんだんに盛り込まれ、それを味わうための聖地巡礼が大流行となった。
好奇心で友人たちと訪れて以来、歴史ある古い建造物が残る街並みと松原を抱えた広い砂浜が好きになり、夫を巻き込んで何度か宿泊滞在するようになった。
その時に見つけたのがまたもやうなぎ屋で。
上の階に通された時に考えたのは、記憶違いでなければおくんちのあの日に連れて行ってもらった店だったのではないかということだ。
調べてみると建物自体が有形文化財なので、おそらく間違いないだろう。
子どもの頃の記憶では、唐津の町自体がとても広く感じたのだけど、それは何の前知識もなく親の後ろについていたからだろう。
ほどよい加減で炭火に焼かれさらりとたれに通されたうなぎは、これまたよい塩梅で白ご飯に載っている。
口に入れてみると、それぞれのうまさが染みわたった。
どれかが強く主張しすぎない、それぞれの個性がきちんと生きた、余白のある味。
今思えば多分、あの幼いころに私の中のうなぎのかば焼きに対するこだわりが決まってしまったのだ。
年月を経るうちに好みの地金が出てきたような感じなのだろうか。
もちろん、このようなうなぎは格別な味なだけに、お値段もうちの家計にとっては特別だ。
好きだからと言って、しょっちゅう食べられるものではない。
よって、ご褒美や労いの時に食べることとなる。
今は唐津から遠く離れてしまってなかなか行けなくなったけれど、住まいからなんとか自転車で行ける場所にうなぎ屋があり、私の中では馬の鼻先にぶら下げる人参的存在になった。
あれを頑張ったら。
これを乗り越えたら。
ご褒美うなぎが待っている。
そう思うと、ちょっと頑張れる気がする。
そんな距離がちょうどよい。
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