第9話 杏のジャム


 本格的に梅雨になる前にたいてい実家からあんずの実が届く。


 庭に一本の杏の木があって、早春に梅や桃に似た花を咲かせ、それこそ梅に似たころんとした実が成るのだ。

 色は橙色に白を混ぜた…萱草色というか、黄色がかった山吹色のような暖色系に染まったくらいが食べごろだろう。

 市販の杏は色が均一のようだが、実家は枝を選定したり花や実を間引いたりしておらず大きさはまちまちで、青梅のように薄緑色のものもあれば、桃のように茜色の頬紅をはたいたように色づいている部分もあり、籠に盛るととても美しい。


 ちなみに私はほとんど生食しないが、兄一家はそのまま食べるのが大好きでぺろりと平らげるそうだ。


 では、届いたあんずをどうするかというと、眺めて姿と香りを堪能した後、水にしばし漬け、砂糖で煮てしまう。


 ようは、アプリコットジャムを作るのだ。


 アボカドと同じ方法でくるんと縦に包丁を入れて実を互い違いにねじれば種が取れるようだが、私は不器用でどうしても力加減がうまくできないため、適当に十時に刃を入れて鍋に投げ込み、適当な量の砂糖にまぶして一時間ほど放置、水分が出てきたら火にかけるようにしている。


 あんずは意外と火が通りやすい果実であっという間に水分が出てくるので、沸騰してきたら弱火にし、あくをとりながら柔らかくなるのを待ち、実離れしやすそうになったら火を止める。


 そして、ザルで裏ごしして種を取り除く。


 裏ごしし終わったそれを鍋に戻し、ひと匙すくって味の確認をし、甘味が足りなければこの時に砂糖を足す。


 この時、袋に入れた種も一緒に入れ、もう一度沸騰するまで火にかけ、とろみと味がなんとなく好みの状態になったら出来上がり。


 瓶に詰めて冷蔵庫で保存する。


 私の作り方は、いつもいい加減でその年により味が違う。

 ものすごく酸っぱいこともあれば、市販のジャムのようにしっかり甘い時もある。

 きちんと計量しろよと己でツッコミを入れながらも、どうせ二人で食べてしまうからいいかと結局そのままだ。


 ちなみにどうしてわざわざ裏ごしする工程があるかと言うと、以前に一度煮ている最中に小さな青虫さんたちがぷかりぷかりと浮いてきたことがあったので、いったんザルに上げて目視確認するようになった。

 あの時の衝撃は今もちょっとトラウマだ。



 話しが少し変わるがここ数年、ヨーグルトと牛乳を朝食のメニューから外して晩御飯のデザートに据えた。

 実家で朝食をかなりしっかり食べて育ったので、それをそのまま取り入れたら夫から多すぎると苦情が出て試行錯誤の末、現在はトーストにスライスチーズをのせて焼いたものと豆乳一杯で定着している。


 ちなみに晩御飯に回されたヨーグルトの内容は、キウイフルーツ半分ずつか季節の果物、かぼちゃの種、レーズン、プレーンヨーグルト、黄な粉大さじ一杯、ジャム大さじ一杯。

 200mlのコップほどの容量の器にみっちり入り、毎晩お腹いっぱいだ。


 その、トップを飾るジャムが季節によっては手作りの物となる。

 いちご、あんず、りんご、甘夏あたりだろうか。

 そういえば、桃を剥いてみて思う味でなかったときは砂糖で煮てしまうこともある。


 ところで、単純にまんべんなく栄養を取ろうとしてなんでも詰め込んだ結果の組み合わせなのだけど、黄な粉はプレーンヨーグルトともジャムとも相性が良いと思う。

 混ぜ合わせると甘みが増すというか。

 お勧めです。


 ところで杏のジャムは肉料理にも合うらしく、母は肉料理に使っている。

 でも、私が思い出すのは町の小さなケーキ屋にあったチーズケーキだ。


 今はバスクチーズケーキなど表面をこんがりと焼っぱなしにするのが主流だが、私が幼いころのチーズケーキはどちらかと言うとスフレタイプで表面に甘い何かが塗ってあった。


 その当時は何なのかわからなかったが、おそらくアプリコットジャムのシロップだったのだと思う。

 ペクチンが効いていたのか、寒天のようなものを使ったのか、すこしとろみがあり、薄いオレンジ色のそれはけっこう存在感があった。

 私は、その甘酸っぱい部分が好きだった。

 少しぼんやりした食感のチーズケーキを色と香りで引き立たせる重要な役割を持っていると思っていたくらいに。


 しかし、このレトロなチーズケーキも今はほとんど見かけない。


 こうなると、無性に食べたくなるのはどうしてだろう。


 杏のジャムが手元にあるのだから自分で作ればよいのだが、代謝が落ち続けている今の私にワンホールは危険すぎる。

 冷蔵庫も小さくしたから保管場所がないし。

 いや。

 単に面倒くさいだけなのだろうけれど。


 言い訳を重ねつつ、ああ、あのケーキがまた食べたいなあと呟く日々は続く。


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