第10話 背徳のカップ焼きそば
母は教育熱心な人だった。
私たち兄妹を育てるために良かれと思ったことをどんどん実践していき、その最たるものが食事だったと思う。
もともと海の近いのどかな田舎で育った母は野菜や魚介類の鮮度に敏感だったのもあるだろう。
生産者から直接買い付ける組合活動に入るとそれが加速して、気が付けば石鹸や歯磨きに至るまで無添加無着色にこだわった。
こうなると市販のおやつやインスタント食品などがどんどん排除されていく。
信念と宗教は似ているところがあるなと今は思う。
ただその組合の活動は当時立ち上げたばかりで段階を踏んで徐々に広げていったためすべてを網羅しておらず、よって私たちは『市販製品の味を知っている』状態からの環境変更。
そうなると前の味が懐かしくなるし、こだわりのない食生活を送っている友人がうらやましくもなる。
私は母にねだって市販の食パンやインスタント食品を時折食べていたが、部活三昧で家にあまりいなかった兄はかえってその機会が少なかったかもしれない。
そもそもこだわりの食材はコストがかかるために正直言って割高だ。
家計をきっちり管理している母の計画では、食にこだわるのは子どもの成長期だけだったらしく、私が高校卒業した頃から徐々に緩和され、今実家へ帰ると以前の食品はあまり使われておらず、スーパーで購入したものが冷蔵庫にもパントリーにも並んでいる。
そして私たち兄妹がその後どうなったかと言うと、兄は食の反抗期に走った。
母が排除していた食品をガンガン食べたらしい。
「あなたのお兄さま、赤いウインナーをうっめーって叫びながら食べているよ」
新婚当時、兄嫁がにやりと笑って報告してくれた。
彼がドライブのおやつに持参して貪り食ったものはどれも禁じられた食品。
背徳感がたまらないのだろう。
実は、似たような家庭環境で育った知人たちも、この話をすると大きくうなずいて同意する。
「やるよね。子どもの頃に禁止されていた食べ物を大人になったら爆食いするの」
大学や就職、または結婚で独立した時に、暴走するのだ。
私はどうなったかと言うと、想像以上にその味に馴染んでしまっていたらしく、一周まわってその組合食品を定期的に購入している。
主に乳製品卵豆腐パン調味料あたりで、譲れないものだけを残し、家計の問題で特にこだわらないものは近隣の店でまかなう。
ただ、一つだけ。
たまに猛烈に食べたくなるものがある。
それが、カップ焼きそば。
あの手軽さが良いのだろうか。
それとも、あらゆる意味で背徳的な所がたまらないのだろうか。
時々、買い物中にふらふらと手が…
気が付いたら、手が。
無意識のうちにカップ焼きそばを掴んで買い物かごに入れているのだ。
同じくこだわり食品で育った夫は食の反抗期がなかったのか、そもそも濃い味が大嫌いなので、カップ焼きそばを見つけると「やめなよ、またこんなの買って…」と思いっきり眉を顰める。
なので、こっそり午前中に買ってその日のうちに昼ごはんで食べることを覚えた。
もはや無意識などと言う言い訳は立たない。
計画犯罪だ。
いや、これはもしかしたら夫への反抗なのだろうか。
買った瞬間が一番わくわくして、濃いソースの味をかみしめながら『ああ、今日もまたやってしまった』と罪を悔いながら、がつがつと貪り食う。
ちなみに、このカップ焼きそばコースには食後のデザートが付く。
ジャイアントコーン。
あの、薄いチョコレートをぱりぱり言わせながらアイスとカップのコーンをかじるのがまたたまらない。
年と共に代謝が落ち続けている今、この組み合わせは致命的だ。
わかっている。
ヤバいやつらだ。
それでも、たまにこっそり敢行している。
そして、ふかく、ふかく。
海より深く悔いるまでがセットだ。
夫はふと思い出した折に、時々鋭いまなざしで私に問う。
「まさか、アレ、食べていないよね」
うん。
食べていないよ。
ぜんぜん。
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