第7話 苺のミルフィーユ、プチフール、スワンシュー



 私は超絶下戸で、甘党だ。


 子どもの頃、梅ジュースを漬けている最中の母に隠れてこっそり氷砂糖泥棒したくらいの重度の砂糖好き。


 そんな私を甘やかしてくれたのは、当時独身だった叔母だ。

 彼女は母の妹だが年が離れていた為、逆に私とは干支一回りを少し過ぎた程度の歳の差となる。



 私が小学生のころは好景気だったこともあり、ごくごく庶民にもかかわらず食生活がきらきらと輝いていたように思う。

 父も叔母も普通の会社務めで平社員だったが、お中元やお歳暮、お土産や引き出物など、家に持ち込まれる何もかもが今思うとかなり豪勢だった。


 実家がバスで行き来できる距離だったせいか、叔母は手土産をもってよく立ち寄ってくれた。

 中でも印象深いのがスイーツの数々だ。


 当時の地元の人気スポットはシャンゼリゼや表参道を思わせる通りでけやきのトンネルが美しく、そこを歩いて買い物をするだけで流行を知っている気分を味わえた。

 けして長くはない通りの真ん中あたりに一軒の洋菓子店があり、そこのケーキを買うのは一種のステータスだったのではないかと思う。


 叔母がおそらく最初に買ってきてくれたのは、苺のミルフィーユ。


 サクサクのパイとカスタードと苺が交互に折り重なり、きゅっと絞り出された生クリームとまるごとの苺で上部を装飾されていた。

 大好物ばかりの組み合わせ。

 何よりもてっぺんを飾る赤い苺が宝石のようにきらきらと輝いて、それはもうずっと眺めていたいくらい綺麗だった。


 早く食べたいけれど、食べるとこの完全な形が壊れてしまう。

 フォークを握りしめてしばらくじたばたした。


 私などにはもったいない、最高級のお菓子だった。


 今ふと思い出したけれど、そのようなスイーツが手土産の時は給料かボーナスの支給日だったのだろう。

 一月に一度くらいの頻度だったと思う。


 私が十歳を過ぎたころに叔母が他県へ嫁ぐ日まで、一口程度の大きさにこれでもかと細工を施したプチフールや、白鳥を象ったスワンシューなど、日常ではお目にかかれないような洗練されたものばかり食べさせてくれた。


 おかげで新しいケーキ屋へ足を踏み入れると、まず造形が気になってしまう。

 そしてプチフールの名残りか、小さくまとまったものがとくに好きだ。

 


 ちなみに叔母と私は、目鼻立ちは違うが体型がとてもよく似ている。

 靴のサイズが大きく、腕と首が長く面長。


 でも遺伝子上の共通点は多くない。

 寡婦だった祖母が娘二人を連れて祖父と再婚し、やがて生まれたのが叔母だからだ。

 そして叔母も私もそれぞれの父親にとても似ている(祖父と父の体型及び顔は両極)にもかかわらず、私たちは親戚たちから似ているとよく言われた。

 ならばこれは、わずかな共通項のなせるわざなのだろうか。

 不思議なものだ。


 そのおかげで叔母からのお下がりは常に身体にぴったりで、特に着物の袖丈は助かった。

 母は祖母に似て小柄なので丈が足りない。

 二十歳くらいから振袖も訪問着もお茶のお稽古用の小紋も、叔母の着物を何度も借りた。



 私にとって叔母は年の離れたお姉さんだった。


 時々思い出すのは、小学校で発熱して保健室に運び込まれた時のこと。

 どのような理由だったのかわからないが、学校からの連絡に応じて迎えに来たのはなんと叔母だった。

 家と学校の距離は徒歩10分程度で、叔母は保健室のベッドに横たわっていた私を両腕に抱え上げ、すたすたと歩いて帰った。

 そうしたのはランドセルを持ち帰るためだったのだろうか。

 当時の女性としてはわりと背の高い叔母の腕の中で小さな私はゆらゆら揺れ、薄く開けた目に昼間の空と街路樹と団地の上部の景色がさかさまに流れていくのが映る。


 熱に浮かされぼんやりした頭で思ったのは、「何故おんぶじゃなくて、おひめさまだっこなんだろう…」だった。


 子供心に背負う方が叔母は楽じゃないか? と思ったけれど、だるかったのでそのまま身を預けた。


 今思えばあの時。

 叔母はぐったりしている姪を見て実はけっこう動揺していたのかもしれない。

 その後の事は思い出せないが、重かっただろうに横抱きのまま叔母は頑張って運んでくれたのだろう。


 他にも思い出が色々あり、本当にたくさんお世話になったなと思う。


 いつか、叔母とケーキを囲んで話をしてみたい。

 抱っこしてくれた時のことや昔のあれこれを。


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