第6話 シシトウガラシ



 私はくじ運がない。


 その代わりに、妙なことを引き当てる力を持っている。


 もう、特殊能力と思われるほどに。

 しかも二つ。



 まず一つ目は、立ち小便遭遇率だ。

 食べ物エッセイでいきなりなんだと、呆れて見捨てないで欲しい。

 私だって好きで目撃しているのではない。


 買い物帰りにのろのろ歩いている時にふと大通りに目をやると挟んで向かいの古びた民家の壁に黄色い帽子をかぶった小学生が始めたり、ベランダで花に水やりをしていると遠くを散歩中の老人がふらふらと空き地の中へ入っていくのを見かけ具合が悪いのかと心配したら壁に向かって立つ姿を…


 どこかの神様が私にそのような力を与え、さすがにどうかと思ったのか、遠目にまたは一瞬通り過ぎるというシチュエーションにはしてくれたようで、当事者の皆様はよもや私に目撃されているとは知らないままで済んでいる。


 それでも。


 九州自動車道を高速で走り抜ける最中や、特急列車のシートに身を預けふと何気なく目を上げた瞬間など、本当に勘弁してほしいが私の遭遇率は無駄に高い。

 ドライブ中に『あ…。またつまらぬものを…』と私が呟くと、長年の付き合いで十分察した夫は『もう勘弁してくれ』と心の底から嫌がるが、私だって見つけたくない。


 この間の悪さは神業だと思う。

 サスペンスドラマの中なら連続殺人で関連性の見つからない被害者になりかねない程に。

 捜査会議のホワイトボードに並べられた写真の中で『どうしてこの人が殺されたかわからない…』と刑事たちが顎に手を当て思い悩み、調べていくうちに完全犯罪の第一の犯行にうっかり遭遇し物語の序盤で口封じに殺された哀れな通りすがりAなどになるのは、絶対に私だ。


 これ以上この悲しい話を熱く語ってもむなしいだけなので次に行こう。



 もう一つの特殊能力は『シシトウガラシの辛味果を引き当てる率が高い』というのだ。


 夏になると旬になる野菜は色々あるがその一つがシシトウガラシだろう。


 今はハウス栽培もされているので、天丼の具材の一つなどで年中見かけるようになった。

 ピーマンにも似たこの野菜は普段は炒め物や天ぷらで重宝し噛めばじんわりと甘みがあるが、時として青唐辛子なみに辛い時がある。

 それを辛味果と呼ぶらしく、しかも偶然の産物で十本に一本の確率ともいわれ、さらに『食べるロシアンルーレット』というあだ名をネットで見つけた。


 その光栄なるアタリを私は引き当てる。


 ちなみに辛い物はとことん苦手だ。

 四川系の料理がまず食べられず、いつか友人に人気の麻婆豆腐店に連れて行ってもらった折に辛さレベルを最低でオーダーしたら、お前は何のためにここまで来たんだと呆れられた。


 それなのに。


 辛味果の神様に私は好かれている。


 独身時代も社員食堂で同僚たちと同じ定食を食べている最中に辛味果のシシトウガラシを何度も引き当てたのは私だった。

 そういやあの頃も同席していたのは十人ほどだったので、確かに十に一つの確率…



 辛味果さまと出会ったのは忘れもしない小学生のころだ。


 夜に開催されていた習い事へ行く前に夕食を食べている時のこと。

 確か、豚肉と玉ねぎと茄子の味噌炒めだった。

 母が台所で忙しく立ち働いているのを見ながらぱくりと緑の野菜を口に入れたら、悶絶するほど辛かった。


 噛めば噛むほど鋭い針のようなものが舌と喉を攻撃する。


 ピーマンだと思ったのに、ピーマンじゃない。

 しかし吐き出すのは躊躇われ、頑張って咀嚼して飲み込んだ。

 そうすると口の中がヒリヒリして、白米も味噌汁も飲み込めない。

 半泣きになって箸を止めた私に気付いた母は怒鳴った。


「人がこんなに忙しいなか作ったのにいい加減にしてよね。全部残さず食べなさい」


 ピーマンが辛くて食べられないと訴えるが、その時最高に機嫌が悪かった母はさらに激高し、嘘つきと私を詰った。

 正直、納得がいかなかった。

 私は嘘をついていない。

 それに、兄には嫌いな食材がいくつかあり、それを食べないことを母は許していた。

 だけど私には特例がなく、いつもこうして叱られるのだ。

 悲しくなって、泣きながら何度も嘘じゃないと言う私と押し問答になり、最後は時間切れで、もう食べなくていい、習い事へ行けと家を出された。


 とぼとぼと歩いて習い事へ行き、きちんと終えて帰宅すると母が食卓に座っていた。


「ごめんね? ピーマンと思っていたらこれ、シシトウだったのよ」


 そして、シシトウとはときどき辛い実があるのだと説明された。


 私、ミーツ、辛味果。


 初体験で思いっきりカウンターパンチをくらっただけでなく、へらりと軽く笑って二時間前の言動を帳消しにした母に、脱力した。

 ものすごく、軽い謝罪。

 私はとても悲しいまま過ごして帰宅したのに。


「そうなんだ。シシトウって言うんだ、あれ」


 もうさっさと風呂に入って寝る方がいいやと思いなおし、終了した。


 謝るだけまし。

 いや、謝ることじたいが珍しい。


 私はまた一つ大人の階段を上った。



 食べ物に罪はないのでシシトウガラシを嫌ったりはしないが、今後もなるべくアタリを引きたくないと思う。



 夏になると時々ふと頭に浮かぶ、シシトウ騒動。


 こうやって文章化してしまっているけれど。

 恨んでいないよ、おかあさん。

 ほんとうだよ。




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