9.告

部屋は出てくるときに窓を開けていたためか、先ほどまでのこもった空気にはなっていない。


「ドライヤー、するよ」


「……うん」


 彼女をベッドに座らせ、勉強用の椅子に腰かけてドライヤーのスイッチを押す。


「……ちょっと熱い」


「あ、ごめん」


「こうやって人の髪乾かすの初めて?」


「弟のを乾かしたことはあったけど、長い髪だから慣れない」


「そっかー、弟君いるんだー」


「クソガキだけどな」


「でも、君に似てかっこいいんだろうなー」


「……え?」


「え? はっ、私、なんてことを……」


「なんてことをって、別に悪口じゃないからいいじゃん」


「それもそっか……」


「……」


 こういう時に出る言葉って割と本音が多かった気がするが、自惚れてはいけない。


「私、君に決闘を挑んだんだよね」


「そうだよ。何をいまさら」


 しばらく沈黙が続き、ようやく髪を乾かし終わったところで再び彼女が口を開いた。


「私が決闘挑んだ理由、知りたい?」


「え?」


「私ね、君に一目惚れしたの。覚えてる? 初めて会った時のこと」


「……初めて、ってあの宣言の時じゃ」


「ううん。やっぱりわかってなかったんだ」


「じゃあ、いつ?」


「入学式の、日のこと」


「入学式……あ」


「思い出した? あの日、君は私の自転車が盗まれそうになったところを助けてくれた。おっきい男の人で、怖かった。でも君はそこを助けてくれた。名前も何も聞けずに行っちゃったけどね」


「あの時の人か。よく覚えてたな」


「そりゃそうだよ。ずっと見てたもん」


「ずっと……」


「うん。いつお礼言おうかなって思って。私、人ととの距離をつかむのが苦手でさ、よく友達からも注意されるんだよね。だからタイミングを見計らってて、色んな所で君を見てて。気づいたら、君のことが気になって、君のことばっかり頭に残って、君しか見えなくなって」


「でも、それと決闘って?」


「あんなの嘘だって、わかってたでしょ?」


「え、嘘なの?」


「そうだよ。君に近づくための口実。でも途中から、ドキドキさせ決闘になった」


「ドキドキさせ決闘?」


「後付けでね。私が君のことでドキドキしっぱなしだったから、君をドキッとさせたら振り向いてくれるかなって」


「じゃあ成功かもね。変な意味でドキッとしたから」


「いじわる」


 子どものように拗ねてこちらを振り返る彼女に、僕は思わず笑みを漏らした。


「でもね、今、私は熱を頼りにして言ってる。何にも頼らずに、もう一回ちゃんと話したい。だから」


 彼女は若干ふらつきながら、ベッドの上に正座で座り直した。


「来週の週末、お祭り、行きませんか」


 彼女の眼は潤んでいるし、顔も赤い。それなら。


「赤井さん」


「はい」


「それはまた、今度返事する」


「……え?」


「今は寝ましょう」


「ええ!?」


「まずは治すのが最優先。秋の祭りは夜冷えるし、しっかり治さないと」


「ちょっと、勇気出したのにー!」


「はいはい。もう寝ますよ」


 ぶつぶつ文句を言う彼女は、瞬く間に寝息を立て始めた。

 これ以上話をしていると、どちらが倒れるかわからない。

 僕はこの空間に、妙な酔い方をしてしまったようだ。

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