5.照
「ねえ、この二つだったらどっちがいいと思う?」
「……」
「あの、君に聞いてるんだけど」
「え?」
「どっちがいい? って」
こういうのは店員に聞くのが相場だろうとは思うが、確かに店員と話になると面倒くさそうだ。
「えーと、こっちの赤い方かな」
「そう? 私は、こっちの青い方もいいと思うんだけど、なんでこっちなの?」
「そっちの方がいいと思うんだったら、じゃあ」
「そうじゃなくて、質問に答えて」
「えー……似合うかなって思っただけ。赤のイメージがあるっていうか。とはいえ、昨日初めて知り合っただけだからあんまり参考にならないかもだけど」
「ふーん……」
赤井さんはじっと赤いカーディガンを吟味するような目で見る。
「じゃあ、着てみる。あっちの方に試着室あるから、前で待ってて」
颯爽と店の隅に行く彼女の後ろに慌ててついて行く。
「あ、このブーツ。赤井さんのだ」
閉められたカーテンの前に、茶色のブーツが置かれている。
「覗かないでよー」
「わ、分かってるよ!」
カーテン越しから聞こえた声に、食い気味で返す。
「じゃーん」
その声から間もなく、カーテンレールがこすれる音がした。
「まず、こっち。どう?」
「いいと思う。イメージ通りっていうか、白シャツだったら大体合いそう」
「まあ、そうだよねー。私あんまり赤い服を持ってなかったんだけど、案外合うかも。じゃあこっちも」
「わわ、え? ああ、そっか……」
「ん? あ、もしかしてこのまま脱ぐかもって思ったのー? これ両方羽織だから、別に脱がなくていいんだけど」
「そうだよね。じゃあ、どうぞ」
「どうぞって……ふん」
彼女は青い襟付きシャツを羽織る。
「どう?」
「襟がついてるから、しっかりしてる感じに見える」
「それって、いつもはしっかりしてないってこと?」
「いやいつも知らないし、そもそも制服って襟ついてるでしょ」
「それもそうか……じゃあなおさらなんで?」
「店の人に聞いてよ。僕じゃあんまりそういうのわかんないし」
「ううん。ここの人めんどくさいから。ありがとう。買ってくるから外で待ってていいよ」
彼女はハンガーに二枚の服をかけ直して、レジに向かった。
「結局二着買うのかよ……まあ、楽しそうならいいや」
「お待たせー! どうしたの?」
「ううん。何でもない。てか、赤い方は着てきたんだ」
「うん。似合うらしいので。どう?」
「似合ってるよ。いい感じ」
「……これでもわかんないかー」
「えぇ……他に感想っていっても、可愛いぐらいしか……」
「……へ?」
少しかすれた声で反応する彼女の顔は、みるみるうちに赤くなっていった。
「か、可愛い?」
「うん」
「そうじゃなくて」
「え?」
「ほら。もう一回」
「え……可愛いよ」
「ん~!」
「え、ちょっと!」
彼女はご機嫌そうにスキップで前に進み始めた。鼻歌を歌っているようだが、ここまで機嫌が分かりやすい人はいたのだろうか。
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