3.痛

「いったぁ……」


 僕は授業を抜け出して、保健室に向かっていた。


「まさか顔面にボール食らうなんて漫画みたいなことになるとはなー。死んだかと思ったー」


 保健室の扉をガラガラと開ける。


「あれ、先生いない…………職員室か」


 デスクの上に置かれた紙を一瞥し、空いているベッドに倒れこむ。汗はかくような季節でもないから気兼ねなくダイブできる。


「はぁ…………」


「え」


「…………あ」


 声がした方を向くと、隣のベッドに見知った顔が横たわっていた。


「なんでいるの?」


「いや、顔面にボール食らって」


「えっ、大丈夫なの?」


「まあ、なんとか。少しグラっとはしたけど」


「先生は?」


「いない。でも呼びに行くのも億劫だし」


「じゃあ私が代わりに……っ!」


 赤井さんは布団の中で何かを抑えているようだった。


「……もしかして、足?」


「うん。あの時別れてから、急いで向かおうとしたんだけど、ちょっとね」


「まさか、階段から?」


「あはは……恥ずかしい限りです」


「……ごめん。僕が長く呼び止めたから」


「ううん。私が引き延ばしたんだから、自業自得だよ。私が君に意地悪しようとしたから」


 それでも、まだ彼女はベッドから起き上がろうとする。


「とりあえず、もう先生はいいから。体を落ち着かせて」


「……うん」


 彼女は再び枕に頭を預けた。少し息が荒い。大事になっていなければいいが……。


「うっ」


 不意に頭痛が走り、頭にかかる重力が分からなくなる。


「だっ、大丈夫?」


「うん。僕もおとなしく寝させてもらう」


「そっか」


 決闘の話を聞く絶好のチャンスだったが、互いにとてもそのような調子ではない。


「ねぇ」


 隣のベッドから再び声が聞こえてそちらに寝返りを打つと、彼女もこちらを向いていた。暑いのか、少し汗が滲んだ額が照明にきらめいている。


「どうかした?」


「運動、苦手なの?」


「そんなに苦手ではないけど、別のコートから飛んできたから、気づけなくて」


「そうなんだ。私はね、まあまあ得意」


「何か部活に入ってるとか?」


「ううん。どこにも入ってないよ。たまに健康のためっていうか、体力づくりのために走ったりはしてるけど、何か決まったことをしてるって感じではないかな」


「そうなんだ。だったらなおさらごめん。僕のせいで足が」


「もうその話はいいの!」


 僕の言葉を耳からシャットアウトするように、彼女は言う。


「別に君のせいじゃないから。私がどんくさいだけだから。ほんと」


 怒っているのか、彼女は赤くした顔を隠すように布団を持ち上げた。


「そんなことより、決闘のことだけど」


 彼女がそう言いかけた時、保健室のドアが開く音がした。


「あ、ごめん。私今日迎えに来てもらう予定だった。だから先生もいなくて。先生来たし、私が行ってからちゃんと診てもらって。じゃ」


 彼女は何とか立ち上がり、引きずりながら歩いて行った。


「早く治りますように」


視界から外れるまでその姿を見届け、僕は目を閉じた。

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