2.急
「あ、あの……」
「なんですか。今から移動教室なんですけど」
冷ややかな声と目線が刺さる。
昼休みが終わりに近づき、授業準備のために廊下に出たところで赤井さんと鉢合わせになった。
「さっきは、ごめん」
「さっきって?」
「屋上でのこと」
「すぐ忘れろって言ったよね。もういいから」
「ちょっと!」
そう言って歩き出そうとした腕を、今度こそはつかんで逃がさないようにする。
「こっちの要件が終わってない」
「何? よくわからない謝罪だけじゃないの?」
「これ。持ったままだったから」
「あ、定規……どうも」
「……」
彼女は立ち止まったまま、動こうとしない。目線もそらされているから、表情もわからない。
「あ、あの……」
「さっきは、私もごめんなさい。急に得体も知らない人に話しかけられて、嫌だったよね」
「いや、別にそんなことは」
「本当に嫌だったよね。私みたいな大声で騒いでかかわる人間、いない方がよかったよね。急に声をかけるなんて、今考えたらどうかしてた。本当に高校生になってまで何やってるんだろ私。大体……」
「大丈夫だったから! 時と状況を考えて、適切な声量だったらあんな態度はとらなかったから!」
呪文のように早口で話し始める彼女の勢いが止まらなさそうだったのに気づき、僕は急いでその詠唱を止める。
「それは、あれぐらい大きな声じゃないと起きなかったから……」
上げられた顔はほんのり赤く、恥ずかしい思いをさせてしまっていたことに気づく。
「え、そんなに爆睡してた?」
「うん、ばっちり。色々したけど起きなかった」
「例えば?」
「頭ポンポンしたり、ほっぺつんつんしたり、椅子揺らしたり」
「椅子揺らしても起きなかったのはまずいな。地震とか起こったら逃げ遅れそう……」
「普段からあんな感じなの?」
「まあ、割と。でも、昨日の晩はテスト勉強してたから、普通に寝不足もある」
「それ、大丈夫なの? 授業は起きてるの?」
「それは大丈夫。別に聞かなくてもいいし」
「大丈夫じゃないでしょそれ。確かに成績上位の掲示に名前載ってるのよく見るけどさー」
「そんな大したことないって」
「大したことありますー! 私なんかいつもギリギリ載れないし。まあ載るだけが全てじゃないからね。うん」
彼女は自分に言い聞かせるようにつぶやき、首を上下させる。
「もしかして、決闘の内容って」
キーンコーンカーンコーン……。
「やばい本鈴だ! 授業始まっちゃう! じゃあまた!」
チャイムが割り込む形で会話が途切れ、顔を赤くした彼女は廊下の先に向かって走り出した。
「僕も入らなきゃ」
結局今回も決闘について聞けなかった。
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