赤井さんは顔が赤い

時津彼方

1.恥

「今から、君に決闘を申し込みます!」


「……は?」


 教室の机で突っ伏していた僕は、甲高い声で目を覚ます。


「あんた、誰?」


「誰って、隣のクラスの赤井だけど」


「ほう……で、誰?」


 告げられた名前に心当たりはない。


「今名前言ったじゃん!」


「だから、どういう人間かをきいてるんだけど。周りもほら、こっち見てるし。なるべく声のボリュームを落として」


「そんなの、こうやって高々と宣言した方がいいって昔から相場が」


 そういう顔は武士のような凛々しさはなく、ほんのり熱を帯びているように見える。


「そんな武士みたいなことしなくていいから! とにかく場所変えるぞ!」


「えっ、ああ、うん……」


 クラスの迷惑にもなるし、何より恥ずかしい。僕はとにかくその手を引いて、誰もいない屋上に赤井さんを連れてきた。昨日雨が降ってベンチが濡れており、周りには誰もおらず、いつもより強い風の音がよく耳に届いた。


「ラッキー。やっぱり人いない……なんで顔赤いんだ?」


「えっ、そっ、それはっ、君がここまで走らせたからでしょ!? 急に走ったから体もびっくりしちゃって、ドキドキするし……もうそれどころじゃないんだから!」


「急に走ったのはごめん。でも、それどころって、どういうところ?」


「ぐっ、そ、それはぁ……」


「まあいいや。要件は?」


「……え?」


「いやだから要件。決闘、だっけ。そもそも僕が、あんたに決闘申し込まれるようなことをした覚えはないんだけど」


「本当に?」


「平和主義者だからな。波風立てるようなことはした覚えはない」


「へ、へぇ……まさか心当たりがないなんてね」


 明らかにごまかしているというか、嘘をついている口ぶりだ。


「何もないなら帰るぞ」


「そ、それは待ってほしいなー、なんて」


「だったらさっさと言えよ」


「んー!」


 彼女は今にも憤死しそうな声でうめく。その目元は少し湿っているようにも見える。まずい。このまま誰かに見つかれば、女子を泣かせたとかでひどいバッシングを受ける。


「あのさ、本当に心当たりがないんだ。そこまで怒らせるようなこと、した覚えもないし。もし無意識なら謝るから」


「……っ!」


 必死のフォローも空しく、彼女は何も言わないまま踵を返そうとした。


「待って!」


 後ろに振られた腕を再びつかもうとしたその時。


 ひゅう!


「あ……」


「え…………あ、あぅ……」


 風が吹いたのと、勢いよくターンしたのが悪かったのだろう。


「…………その」


「……見ーたーなー!?」


 僕を起こした時と同じか、それ以上に甲高い声を出して僕に詰め寄る。


「…………ごめんなさい」


「もういい。切腹する」


 彼女はどこから取り出したのかわからないが、定規を自分に向かって構える。


「ちょっと待て! どっから定規出てきた!? なんでまたそこも武士みたいなっ、ちょっ、やめろ!」


 懸命に彼女の手から定規を奪う。別に本当にそれで腹が切れるわけではないが、とっさに体が反応した。


「全く、すぐ忘れてよね」


 それだけを言い残して、彼女は屋上のドアを通って走っていった。


「……あれ、結局本題は?」


 僕の手に定規が握られたまま、よくわからない十分休憩が終わってしまった。

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