番外編第十四話「千里眼のマティアス」
統一暦一二一四年十二月三十一日。
グライフトゥルム王国中部グライフトゥルム市、
情報分析室から送られてきた書類を見ていたが、ふと外を見ると、真っ暗な夜空から雪が降っている様子が見えた。
静かな大晦日で、平和だった一二一四年が終わろうとしている。
妻のイリスは三人の子供たちを寝かしつけるため、この部屋には私と執事姿の
二人は私の邪魔にならないよう、少し離れた場所で静かに立っている。
私がここ
来た当初は立つこともままならなかったが、今では子供たちの相手をして走り回ることや、乗馬ですらできるほどに回復している。
(来年は大きな動きがありそうだな……)
私がそう考えたのは今年、ゾルダード帝国とレヒト法国という二つの国で動きがあったからだ。
ゾルダード帝国では第四軍団の設立と、王国に近い旧リヒトロット皇国領に駐屯することが発表された。すぐに我が国に対して軍事行動を起こす可能性は低いと思っているが、状況に変化があれば、皇帝マクシミリアンなら即座に攻め込んでくるだろう。
また、南部鉱山地帯から南に抜ける街道の整備を始めている。
我が国とシュッツェハーゲン王国を結ぶ大動脈、
もう一つの敵国、レヒト法国だが、同盟国グランツフート共和国の国境に近い東方教会領で戦争の準備を行っているという情報が入っている。それも定期的に行う二万人程度の侵攻ではなく、少なくとも五万、多ければ七万近い数になると情報分析室では考えている。
更にレヒト法国の北方教会領では数年前から
北方教会では忠実な者を“名誉普人族”とし、差別的な扱いを改め始めていたのだ。
その結果、それまでは村から出ることすら難しかった獣人たちが、北方教会領の領都クライスボルンで姿を見せ始め、商店でも買い物ができているらしい。
北方教会領軍の総司令官ニコラウス・マルシャルクが考えたようで、忠誠を誓った獣人族に対し、総主教のマルク・ニヒェルマン自らが祝福を与えたという話が伝わってきた。
(第二次世界大戦の日系人部隊のような感じになりそうだな。厄介なことだ……)
まだ正確な数は分かっていないが、これまでのような家族を人質に取って無理やり戦わせるのではなく、自発的に戦う精鋭部隊ができつつあるのではないかと考えている。
そのため、
国内でもきな臭さが増している。
一年半前に第一王子フリードリッヒが王太子となったが、宮廷書記官長であるミヒャエル・フォン・マルクトホーフェン侯爵が甥である第二王子グレゴリウスを推し続けている。
そのグレゴリウスが来年の七月に十八歳を迎えることから、フリードリッヒを廃嫡し、グレゴリウスを立太子させようとして、大きな騒乱が起きる可能性がある。
今のところ明確な証拠は見つかっていないが、帝国と法国が絡んでいる可能性が高い。
特に法国が関与していることは確実だ。
そう考えた理由だが、兵学部の同期、
ユリウスは副兵団長兼連隊長だったが、彼が異動する直前、兵団長であったライムント・フランケル将軍が退役した。これ自体は元々予定されていたことであったが、その後任にマルクトホーフェン侯爵派のギーゼルヘール・フォン・ニーデルマイヤー伯爵が就任している。
ニーデルマイヤーはマルクトホーフェン侯爵派の中では武闘派と言われているが、軍人としての実績はほとんどない。そんな人物を長く兵団長を務めたフランケル将軍の代わりにし、更に優秀な戦術家であるユリウスを引き抜いた。
そのため、守備兵団の実力は一気に低下し、王国騎士団長のマンフレート・フォン・ホイジンガー伯爵が国王に再考を促したほどだ。
しかし、マルクトホーフェン侯爵が強引に事を進め、ヴェストエッケの防衛力は低下したままだ。
ヴェストエッケが陥落すれば王国が危機的な状況に陥るから、マルクトホーフェン侯爵がなぜそれを主導したのか、はっきりとは分かっていない。しかし、侯爵とマルシャルク団長が繋がっていれば、話は別だ。
例えば、ヴェストエッケを奪われた後、グレゴリウス王子が王国軍を率いて戦い、勝利すればフリードリッヒを廃嫡して王太子になることも可能だ。
マルシャルクとは領土の割譲などで予め口裏を合わせておけば、不可能なことではない。
マルシャルクにとって旨みがないように見えるが、王位継承権争いをしてくれれば、王国西部に軍が派遣される可能性は低く、停戦協定を破ってケッセルシュラガー侯爵領などを攻略することもできる。
(これも証拠がないんだよな……
これはグライフトゥルム王家から神である
つまり私の指示で動いているのはグライフトゥルム王家を守るという目的に合致しているからにすぎないのだ。
極点な話、グレゴリウス王子が
今のところ
また、大賢者は私がジークフリート王子を指導することに期待しており、かなり自由度は高いが、
これは三つの魔導師の塔が結ぶ“三塔盟約”で、魔導師の塔は世俗に関与することを禁じられており、その下部組織も当然、そのルールに従う必要がある。
下部組織は正当な対価が得られるなら関与することが可能だが、私自身は
(法国の状況が不安だな。特に北方教会領は手薄だ。何とかしたいところだが……)
マルシャルクは諜報の重要性を理解しており、騎士団関係の情報はほとんど入ってこないのだ。
そんなことを考えていると、イリスが入ってきた。
「ようやく寝てくれたわ」
長女のオクタヴィアと長男のリーンハルトは五歳、次女のティアナは四歳とやんちゃ盛りだ。
今日は大晦日ということで少し豪華な食事が出されたことから、興奮していたようだ。
「お疲れさま。少し飲んでから、私たちも休もうか」
「そうね。ユーダ、義父様が送ってきてくださった赤ワインをお願いできるかしら。おつまみはそうね……ヨルク親方から分けていただいたチーズがいいわね」
「承りました、奥様」
ユーダが執事らしい優雅な動きで一礼する。
イリスは窓に近づく。
「寒いと思ったわ。雪が降っているのね」
「私も気づかなかったけど、少し前から降り始めたみたいだね。明日は積もっていそうだよ」
そんな話をしていると、ユーダがワインとチーズを運んできた。
見事な手つきでワインをグラスに注ぐ。
「ありがとうございます。ユーダさん」
そう言って受け取ると、イリスのグラスにカチンと軽く合わせた。
「一年間、お疲れさま。来年もよろしく」
私がそう言ってグラスを軽く上げると、彼女も同じようにグラスを掲げる。
「来年がいい年でありますように。では、飲みましょう」
その後、あまり会話をすることなく、二人でワインを楽しんだ。
番外編完
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