番外編第三話「義父カルステン・フォン・エッフェンベルク」

 統一暦一二一三年三月三十日。

 グライフトゥルム王国南部エッフェンベルク伯爵領、領主館。カルステン・フォン・エッフェンベルク


 長男ラザファムが王都を去ってから二年が経った。私自身も王都から領地に戻って一年半ほどが過ぎている。


 領地に戻り、体調は劇的に回復した。

 王都にいる時に毒を盛られたのかと思うほどだったのだが、その後、マティアス君から手紙で、精神的な圧迫が体調不良の原因だったと理解した。


 確かに当時は赤死病の混乱とマルクトホーフェンの攻勢を受けていただけでなく、更にマティアス君まで倒れたことで強い不安を感じていた。


 財務次長の重責から解放され、故郷であるエッフェンベルクに戻ったことで明らかに精神的には楽になっている。また、騎士団の訓練や領地の見回りなどで身体を動かしていることもよかったようだ。


 マティアス君だが、私が領地に戻った直後にイリスと三人の幼い子と共にグライフトゥルム市に移り、治療に専念している。今ではずいぶん健康になったようで、来年辺りには普通の生活に戻れるのではないかと言われているらしい。


 ラザファムも北の辺境で一人息子のフェリックスと暮らし、精神的に回復しつつあるようだ。詳しい話はあまり書いてこないが、ネーベルタール城ではいい人間関係が結べていると手紙にあった。


 徐々に好転しつつあるが、私は二人の子の将来を危うくしたマルクトホーフェンらを許すことはできない。

 そのために我がエッフェンベルク騎士団の強化を次男ディートリヒと共に推し進めている。


 ディートリヒは我がエッフェンベルク伯爵家の重臣、ラムザウアー男爵家に養子に入り、現在はラザファムに代わって騎士団長を務めている。ディートリヒはラザファムに続き、兵学部を首席で卒業するほど優秀であり、我が騎士団は着実に力を付けていた。


 その原動力になっているのが、獣人族セリアンスロープたちだ。

 彼らはマティアス君がレヒト法国から救出した者たちの一部で、ラウシェンバッハ子爵領では入植地の確保が難しくなったため、我が領地に入植している。


 現在では一万人を超える獣人がいる。その中から騎士団への入団を希望する者を募り、五百名の戦士が我が騎士団に加わった。いずれも一騎当千の強者で、我が騎士団の弱点であった索敵と機動力の強化に大きく貢献している。


 彼らはマティアス君に強い感謝の気持ちを持っており、命が危ぶまれた状況に強い怒りを見せている。その時は私の説得で思い留まらせたが、我が騎士団とラウシェンバッハ騎士団が立ち上がれば、マルクトホーフェンらを排除することは難しくないだろう。


 そんなことを考えていたが、ふとマティアス君と出会った頃のことを思い出した。

 彼と初めて出会ったのは統一暦一一九七年年末頃、息子たちが王立学院の初等部に入り、一年が経った頃のことだ。


 当時は騎士団改革のテストケースに我が騎士団が選ばれ、領地にいることが多かった。そのため、息子たちの親友であるマティアス君と顔を合わせたのは年末の行事に参加するため、王都に戻ってきた時が初めてだった。


 ラザファムを抑えて首席を取った秀才と聞いていたが、女性的な容姿と優しげな表情に息子たちと話が合うのだろうかと思った記憶がある。しかし、話をすると非常に理知的で、私より年上ではないかと錯覚するほどだった。


 それから王都に戻るたびに顔を合わせたが、彼の本当の姿を知ったのは一一九八年の夏だ。息子たちと一緒にマティアス君がエッフェンベルクを訪れ、その際に騎士団改革案を作ったのが彼だと教えられたためだ。


 当時は叡智の守護者ヴァイスヴァッヘの上級魔導師、マルティン・ネッツァーが作成者だと思っていたが、質問をしても答えが返ってこないことが多く、対応に困った彼は作成者がマティアス君だと白状したのだ。


「あれを作ったのはマティアス君なんですよ。細かい話は彼に聞いた方が手っ取り早いと思います」


 その言葉に私は唖然とした。息子と娘の同級生が共和国一の将軍ゲルハルト・ケンプフェルト殿が絶賛する計画書や教本を作れるはずがないと思ったためだ。


「それはないだろう。あの計画書は去年の三月に作られたものだ。彼は優秀だが、さすがにあれほどのものを作ったというのは無理がある」


「信じられないと思いますが、本当のことなんです。本人に聞いてみれば分かると思いますよ」


 ネッツァーも信じてもらえないと理解していたようで、本人と話をしろと言ってきた。

 彼の言う通り、マティアス君に話を聞きにいった。


「あの計画書と教本を作ったのは君だとネッツァー上級魔導師に聞いたのだが、本当のことなのだろうか?」


 そこで彼は苦笑に近い笑みを浮かべる。


「ネッツァーさんがばらしたんですね……はい、私が素案を作っています」


 驚きのあまり言葉が出ない。


「……本当に君が?」


「はい。もちろん、すべてではありませんが」


 それから疑問をぶつけていった。


「戦術の章にある“戦力の集中”という考えだが、理屈としては分かるが、数で圧倒するだけでは芸がないと思うのだか?」


「数は力ですよ」


 当時の私には実戦経験はなく、演習では本当の意味が分かりかねていたのだ。


「しかしだな。ケンプフェルト将軍のような一騎当千の者がいれば、数の劣勢も覆せるのではないか? 烏合の衆では意味がないと思う。恐れをなして逃げるだけのような気がするのだが」


「確かにケンプフェルト閣下のような方が百人ほどいらっしゃれば、そうなる可能性はあります。ですが、閣下のような方でも数で圧倒され、疲労が溜まり続ければ、雑兵にすら打ち取られる可能性はあります。それ以前に閣下のような方はそうそういらっしゃいません。ならば、百人の雑兵を集め、数で圧倒する方が遥かに楽です」


「なるほど」


 その後、ケンプフェルト殿に話を聞いてみた。


「マティアス君の言う通りですな。実際、フェラート会戦では数の暴力に圧し潰されそうになっています。数は力というのは至言だと俺は思います」


「貴殿でもそう思われるのか……」


 歴戦のケンプフェルト将軍が認めたことで更に驚いた記憶がある。


 その後、マティアス君の助言を受けつつ、騎士団を鍛え上げた。その結果、ヴェストエッケ攻防戦において、レヒト法国の精鋭、聖堂騎士団に完勝し、私は周囲からも完全に認められ、一度は離れていった家臣たちも私のやり方が間違っていなかったと言って頭を下げている。


 彼が高等部に入る頃、イリスとの結婚が確実になった。まだ正式に婚約はしていなかったが、私が積極的に噂を流し、既成事実として広めたからだ。


 私にとって彼は恩人だ。

 彼の騎士団改革案がなければ、私は先祖が築き上げてきた武門としての名声と、父の育て上げた騎士団を失った失敗者として惨めな思いをしたことだろう。


 それだけでなく、子供たちの成長にも彼は大きな貢献をしてくれた。

 三人とも私の子にしては優秀だったが、マティアス君がいなければ、高等部の兵学部という我が国の最高学府を首席と次席で卒業することはできなかったはずだ。


 それにラザファムにとっては得難い友を、イリスは最愛の夫を得た。二人とも人付き合いはそれほど上手い方ではなかった。もし、彼に会わなければ、今のような関係を築ける人物と出会えた可能性は低かっただろう。親としてはこれ以上ない幸せだと思っている。


 今後、王国がどうなるか分からないが、私は国のためというより、マティアス君を含めた子供たちのために戦うつもりだ。


 もちろん凡才に過ぎない私では役に立たないかもしれない。しかし、彼らが動けない今、私ができることをやることで少しでも助けになればよいと思っている。

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