第71話「大賢者と第二王子の問答」
統一暦一二一一年八月十二日。
グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンブルク、王宮内。第二王子グレゴリウス
父である国王フォルクマーク十世に王子宮の設置を求めてから二日。
俺は王宮の一画に定められた区画に身を置いている。
ここは元々王子時代に父がいた区画で、少し手を入れただけで使えるようになった。
母がいる後宮からは執務区画を挟んだ反対にあり、これであの女からの干渉を防ぐことができると安堵している。
その王子宮にある人物が訪れた。
“
どうやらマルクトホーフェン侯爵領にいる頃にも俺に接触しようとしたが、母が邪魔をしたため、会えなかったらしい。
神に最も近い存在と言われている“
大賢者が侍女に案内されて部屋に入ってきた。
大賢者は深いしわが刻まれた老婆だが、立ち居振る舞いには威厳があり、空気が一気に凛としたものになったと感じた。
「ようやく会えたの」
「大賢者様にお会いでき、光栄です」
そう言って頭を下げる。
俺が傲慢だという噂を聞いていたためか、大賢者は一瞬目を見開いて驚きの表情を見せた。
しかし、俺の対応は当然のものだろう。
我がグライフトゥルム王国の建国に関与し、初代国王フォルクマーク一世を陰で支えていたことは、英雄譚にも書かれており、誰もが知る事実だ。
「今日は二人だけで話がしたいと思っておるのじゃが、問題ないかの」
「もちろんです!」
そう言って笑みを浮かべると、使用人と陰供に下がるように命じた。
「護衛を含め、すべて部屋を出よ。また、大賢者様がお帰りになるまで、部屋に近づくことも許さぬ」
私に付いている陰供はすべて“
「済まぬの。他の者に聞かれても問題はないのじゃが、そなたの率直な考えを聞きたかったのでの」
二人きりになると、自分が緊張していることに気づいた。
滲み出る威厳だけでなく、すべてを見透かすような視線に気づいたためだ。
「母から自立したいと申したそうじゃの。それに陛下の近くで王としての仕事を学びたいとも申したと聞いた。よいことじゃ」
「ありがとうございます。私が王位に就くかは決まっていませんが、準備はしておくべきだと思ったのです」
大賢者は小さく頷いた。
「うむ。そこまで考えておるなら、そなたはどのような王になりたいかも考えておるのではないかの。それを聞かせてくれぬか」
いきなりこれほど突っ込んだ質問が来るとは思わず、言葉に詰まる。
「言葉を飾る必要はない。そなたの想いをそのまま話せばよい」
「私はこの国を守りたいと思っています。そのために王として貴族と民を率いるつもりです」
「この国を守るか……何から守るのかの? この国には南にレヒト法国、東にゾルダート帝国がある。他にも国内には多くの
確かに我が国には敵が多い。
しかし、答えは決まっていた。
「ゾルダート帝国からです。確かにレヒト法国も危険ですが、長年ヴェストエッケで防げていますので、そこまで警戒する必要はないと思っています。
「なるほどの。そなたの申すことはもっとじゃな。確かに帝国は危険じゃと儂も思っておる」
大賢者に肯定され、心の中で安堵する。
「では、そなたの申す“国”とは何を指すのかの? 王国とは王家が支配する国のことじゃ。すなわち王家と同義と考えられるの。王国を組織と考えれば、王家と貴族が作る今の体制のこととなろう。国境で定められた国土が国であるという考えもあるし、国家を構成する民も広義では国と言える。そなたは何を帝国から守ろうとしておるのじゃ?」
難しい質問が来たと思った。
漠然と王国を守るとしか考えていなかったからだ。
「難しい質問です」
正直な思いが出てしまう。
「では、そなたが考える王国とは何じゃ? 何をもって王国じゃと考えておるのじゃ?」
その質問なら答えられると安堵する。
「グライフトゥルム王家を中心とした今の国家体制です。グライフトゥルム王家がいなければグライフトゥルム王国とはなりません。国土を守ったとしても、王家を中心とした今の体制が崩れれば、王国を守ったとは言えないでしょう」
この考えは祖父ルドルフが常々言っていたことだ。
民は基本的に愚かだ。今の体制を崩し、統治者としての矜持を持たぬ民が国政に関わるようになれば、国自体が崩壊してしまうからだ。
「確かにグライフトゥルム王家がおらぬグライフトゥルム王国はあり得ぬの。では、次の質問じゃ。そなたが王になったとして、どのように統治するつもりじゃ。今のやり方のまま、統治するのかの?」
この質問も答えやすい。
俺自身、今の父のやり方は間違っていると思っており、自分ならどうするか考えていたからだ。
「貴族の力を弱め、王家の力を強くします。今の王国は貴族が権力争いを行い、内部で分裂した状況です。王が力を持てば、貴族たちが好き勝手に権力争いを行うこともなくなり、よりよい政治が行えると思います」
「その考えはそなたの縁者、マルクトホーフェン侯爵家を否定することになるが、それでよいのか?」
「構いません。祖父も叔父も優秀な政治家でしたが、侯爵家ではすべての権力を持つことはできません。それをすることは簒奪と同じだからです。私は叔父ミヒャエル個人を買っていますが、家に権力を与えるのではなく、優秀な者を適切に登用することが大事だと思っています」
俺の言葉に大賢者は満足そうに頷いた。
「その通りじゃ。有能な者が力を持ち、国のためにその力を使うのであればよい。じゃが、無能な者が力を持てば、他国に付け込まれる隙を与えることになる」
大賢者の言葉に俺は大きく頷いた。
「まさにそのことを考えています。大賢者様にお認め頂き、自信を持つことができました」
「うむ。では、次の問いじゃ。民にはどう接するべきじゃと考えておるかの?」
この質問もお爺様から学んだことで答えられる。
「民は愚かであり、目先のことしか考えません。ですから、十年、二十年先を考えらえる優秀な王が支配し、管理しなくてはなりません。王は民が不満に思ってもやらなければならない時には断固として実行すべきと考えています。民に阿り、必要なことを断行できないような者に王の資格はありません」
お爺様からは民が十年先のことを考えることはないと教えられた。だから、十年先に豊かになる開発より、減税の方を喜ぶ。しかし、長い目で見れば、開発した方がより豊かになれるのだが、民はそこまで考えが及ばないのだ。
「うむ。今の民ならそうじゃの。地道な開墾や街道の整備は賦役が増えるから喜ばぬ」
「はい。祖父も同じことを言っていました」
「ルドルフ卿に学んだか……そなたは儂が思っていたより優秀じゃな」
大賢者に褒められ、顔が紅潮するのを感じていた。
「では、最後にもう一つだけ問う。王が私利私欲に走ったら、どうすればよいと考えておるのじゃ? 過去には名君と言われておったが、暴君や暗君になった者は多数おる。もし、そなたがそうなったら、どうすればよいと考えておるかの?」
「私は暴君にも暗君にもなりません。王国のために身命を賭すつもりですから」
「過去の暴君も最初はそなたと同じ意見じゃった。しかし、長く王位に就いているうちに当初の理想を忘れ、私利私欲に走る者は後を絶たぬ。それでもそなたは別だと主張するのかの」
大賢者は俺の目を射抜くように見つめている。
その視線に負けないよう腹に力を入れて頷いた。
「私は暴君になりません。国のことを死ぬまで一番に考え続ける所存です」
「よい覚悟じゃ。今日はそなたのことを知ることができ、有意義であった」
大賢者はそう言うと、部屋を出ていった。
俺は神に最も近い存在に認められたことで高揚していた。
大賢者に王位についての権限はないが、意見を求められることはよくあることだ。その大賢者に認められたということは、兄や弟より一歩有利になったということだ。
(あの女は疫病神でもあったようだな。父の心証もよくなったし、大賢者も認めてくれた。この勢いで優秀な家臣を見つけねばならないな……)
母の下を去ったことで運が向いてきたと満足していた。
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