第66話「油断:前編」
統一暦一二一一年七月一日。
グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンブルク、ラウシェンバッハ子爵邸。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ
私の周囲を探っていた暗殺者たちは計画通り、ミヒャエル・フォン・マルクトホーフェン侯爵によって排除された。
その行動を逆手に取り、侯爵を貶めようとしたが、現当主ミヒャエルは思っていた以上に豪胆で、御前会議の場で国王を脅し、不問にさせている。
クリストフ・フォン・グレーフェンベルク伯爵が生きていれば、御前会議の場でやり込められたのだが、マンフレート・フォン・ホイジンガー伯爵ではアドリブが使えず、侯爵の思惑通りになってしまった。
それでも情報戦ではこちらが有利だ。
マルクトホーフェン侯爵家は暗殺者を平気で使い、更に国王を脅したという話も付け加えたため、ミヒャエルは先代のルドルフ以上に危険な人物という印象を定着させることに成功しているためだ。
そんな中、六月二十八日に第二王妃アラベラが王都に戻ってきた。
国王フォルクマーク十世は不満な様子を見せたが、御前会議でのマルクトホーフェン侯爵の脅しを思い出したのか、何も言わずに認めたと聞いている。
それからアラベラは“女王”のように王宮内を我が物顔で闊歩している。
そのことに対し、王国の貴族たちはマルクトホーフェン侯爵派を含め、眉を顰めている。彼女が第一王妃マルグリットを殺害したことは公然の秘密であり、そのことを忘れたかのような振る舞いに、侯爵派ですら嫌悪感を抱いたためだ。
マルクトホーフェン侯爵はそのことに頭を痛めたようだが、奔放な姉を御し得ず、アラベラが帝国に利用されているという噂を流すことで、自分たちも犠牲者だという印象操作を始めた。
それを見逃す気はなく、“侯爵はアラベラが暴発したことにして反マルクトホーフェン侯爵派を粛正しようとしている”という噂を流した。
それ以前の噂と相まって、その噂が信じられ、侯爵の印象操作は失敗に終わっている。
アラベラが私を暗殺するために指示を出したという情報が入ってきた。
情報収集に当たっている“
「侍女の一人に“
一緒に報告を聞いていたイリスが呆れている。
「王宮に戻って僅か三日で、王家の財産に手を付けたというの? 呆れ果てたものね」
「アラベラ殿下は本気のようだね。まあ、
“
そのため、より危険な“
「この情報はマルクトホーフェン侯爵も知っているのかしら?」
イリスの問いに“
「気づいているようです。腹心のヴィージンガーが慌てて
「ヴィージンガー殿も大変だね」
そう言って笑うが、すぐに表情を引き締める。
「でも、この件に帝国が絡んでいると厄介だな。アラベラ殿下を唆し続けられると、今回のように王家の資産を勝手に使われてしまう。そうなると本気で“
「そうね。王家にどの程度の資産があるのかは分からないけど、あの女なら国の予算にまで手を付けかねないわ」
今のところ、宰相府は反マルクトホーフェン侯爵派が抑えているが、宰相であるオットー・フォン・メンゲヴァイン侯爵は無能であり、国王フォルクマーク十世もアラベラの脅しに屈する可能性が高く、国家予算にまで手を付けてくる可能性は否定できない。
「警戒は必要だけど、我々が打てる手は少ないね。
当然、その組織にいる者は犯罪者であり、協力者を作るということは犯罪者と手を組むということになる。
そのこと自体に忌避感はないが、
「そうね。できるだけ後ろ暗いことは避けた方がいいわ。悪人はマルクトホーフェン侯爵とアラベラであって、あなたは王家を守るために戦っているという印象を強くした方が多数派工作は行いやすいから」
「正義の味方というのは柄ではないのだけど、グレーフェンベルク伯爵が亡くなられて、ラズまでいなくなった状況では、私がその役をやらざるを得ないからね」
クリストフ・フォン・グレーフェンベルク伯爵が亡くなったことは我々反マルクトホーフェン侯爵派にとって大きな痛手だった。伯爵はマルクトホーフェン侯爵と異なり、清廉というイメージがあり、対決姿勢を強めれば強めるほど、その差が際立ち、味方を作りやすかった。
伯爵が亡くなった後は、ラザファムにその役を期待した。彼は指揮官としても有能だし、見た目も爽やかで弁舌も鋭かった。しかし、妻を失ったショックで無気力となり、大きな失敗をして左遷されている。
ホイジンガー伯爵は清廉さと公平さという点では申し分ないが、カリスマ性でいえば二人に及ばず、更に実直すぎる性格が災いし、政争という観点では主役になり切れない。
先日の御前会議でもラザファムが王国騎士団長であれば、マルクトホーフェン侯爵の脅しに国王が屈するようなことは自体は防げただろう。
そうなると、私が前面に出ざるを得ないのだが、体調の点を除いても、私はトップ向きの性格や見た目ではなく、年長の貴族たちの受けはあまりよくない。そのため、王国と王家を守護するという姿勢を全面的に打ち出し、愛国者という印象を強めるようにしている。
そんな中、私に後ろ暗い噂が流れれば、その印象操作が無に帰す可能性が高い。元々、策士として名が売れているので、一つの悪い印象にすべてが塗りつぶされかねないのだ。
「当面は監視を強化して守りに徹するしかない。あの王妃殿下ならそのうち致命的なミスをするだろうし、そこで打って出る方が確実だからね」
「そうね。暗殺者に関してはカルラたち
私は頷くものの、楽観的な気持ちになっていた。
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