第2話「ヴェヒターミュンデでの作戦会議」

 統一暦一二〇八年八月六日。

 グライフトゥルム王国東部ヴェヒターミュンデ城、領主館。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ


 グライフトゥルム王国の東の要衝、ヴェヒターミュンデ城に到着した。

 すぐに城主であり、ヴェヒターミュンデ騎士団の団長、ルートヴィヒ・フォン・ヴェヒターミュンデ伯爵に呼び出される。


 その場には部隊長以上が揃っており、更に嫡男グスタフと長女ウルスラの姿もあった。

 今回の作戦について概略の説明を終えた後、ハルトムートが質問してきた。


「ラウシェンバッハ参謀次長に聞きたい」


「どのようなことでしょうか、イスターツ部隊長」


 公式の場なので、私もハルトムートもいつもと口調を変えている。


「後方撹乱は第二騎士団第三連隊が担当すると聞いているが、僅か一千では帝国も危機感を抱かないのではないか?」


 彼の言葉に伯爵らも同意するように頷いている。


「一個連隊にした理由は王国水軍の舟艇で撤退が可能な最大数であるためです。それ以上になれば、完全な撤退が行えず多くの損害が出る可能性もあります。兵が多ければ退避に時間が掛かり、最悪全滅の恐れすらあるのです。それに一個連隊であってもうまく運用すれば、敵に脅威を覚えさせることは可能だと考えています」


「だが、それではすぐにこちらの総数を知られてしまうのではないか? 帝国軍が到着する前に渡河作戦を決行し、先行して一個騎士団ないし二個騎士団を帝国領内に潜ませれば、皇帝も不安を覚えるのではないかと思うのだが」


 ハルトムートらしい積極策だと思うが、真面目な表情で否定する。


「敵国内での騎士団規模の隠密行動は現実的ではありません。帝国西部は森林地帯ではなく、数百人規模の部隊ですら長期にわたって隠密行動を採ることは難しいでしょう。それだけではありません。補給が大きな問題となるのです……」


 ハルトムートも私が言いたいことを理解しているようで、頷きながら聞いている。


「王国側から送り込む場合は、渡河地点が特定されますから、簡単に補給線を断ち切られてしまいます。現地で徴発するにしても、一個騎士団分の食糧を安定的に確保することは難しいと言わざるを得ません。飢えたところに第二軍団が襲い掛かれば、全滅は必至でしょう」


「確かにその危険は承知しているが、多少の冒険は必要ではないのか? そもそも今回の作戦は皇都陥落を防ぎ、皇国を救援することが目的だ。リスクに重きを置き過ぎて、皇都が陥落するのであれば意味がない」


 彼が何の目的でこの議論をしているのか何となく理解できた。

 そのため、彼の思惑に合うようにはっきりと間違いを指摘する。


「我々王国軍の目的は王国を守ることです。そして、今回の作戦はあくまで皇国への支援に過ぎません。この作戦が我が国を防衛するために必須であるのならば、多少のリスクには目を瞑り、作戦の成功率を上げるべきですが、ここで我が軍が大きなダメージを受ければ、皇都攻略作戦を終えた帝国軍がヴェヒターミュンデ攻略作戦にそのまま移行しないとも限りません。もう一度言いますが、我々の目的は王国の守護であり、その目的を忘れてはなりません」


 私の言葉にハルトムートも頷いた。


「ラウシェンバッハ参謀次長の考えは理解した」


 そこで再びヴェヒターミュンデ伯爵が発言する。


「王国の安全のために騎士団を温存しておくということは理解した。俺もそれが妥当な線だと思う。その上で聞きたい。我が騎士団に協力できることは何もないのだろうか? 我々はこの地を守っているだけでなく、リッタートゥルムの水軍との連携訓練も頻繁に行っている。何かできることがあると思うのだが」


 元々ヴェヒターミュンデ騎士団はシュヴァーン河とシュティレムーア大湿原という天然の要害と、水軍を使った機動力で大軍を防ぐという戦略構想に基づいて作られている。


 そのため、ヴェヒターミュンデ騎士団は拠点防衛部隊でありながらも、城を出て攻撃を行うことも考慮されており、伯爵はその能力を生かしてはどうかと考えたのだろう。


「閣下のおっしゃりたいことは理解しております。ですが、帝国が一個軍団を派遣してくる以上、ヴェヒターミュンデ騎士団はシュヴァーン河防衛の要となります。もし仮にリッタートゥルムに戦力を集中してきた場合、ヴェヒターミュンデ騎士団が救援に向かうことになるからです」


「つまり今回出番はないということか」


 伯爵は残念そうに呟き、部隊長たちも悔しげな表情を浮かべている者が多かった。

 一通り議論を終えたところで解散となり、そのまま領主館で伯爵家と夕食を共にすることになった。


「マティアス殿とハルトの議論は見応えがあった。さすがは“世紀末組エンデフンタート”だ」


 グスタフが感動したという表情でウルスラに話している。


「そうね。でもハルトはやっぱり凄いわ。千里眼のマティアス殿と堂々と渡り合えるのだから」


 その言葉にハルトムートが照れながら否定する。


「マティとは学生時代から議論しているからですよ。今回も彼が教官なら落第点を付けられたでしょうから。そうだろ、マティ?」


 伯爵家とは上手くいっているらしく、自然な会話だ。


「そうだね。でも、部隊長たちに理解してもらうために、あえてあの発言をしたと分かっているから、落第は付けないよ」


 そう言って微笑む。


「それはどういうことなのだ?」


 伯爵も会話に加わってきた。


「彼は大規模な部隊を使っての後方撹乱作戦が合理的でないと分かった上で、騎士団を送り込んではどうかと提案してきました」


「そうなのか?」


 私は自信をもって大きく頷く。


「はい。彼は私とラザファムと共に、ヴェストエッケで後方撹乱作戦を実行しております。その際、補給の必要性と困難さを充分に理解していますから、本来であれば、さっきのような提案を行うはずがありません」


「ハルト、それは本当のことか?」


 伯爵の視線を受け、ハルトムートが少し困ったような表情で頷く。


「はい。あの時は事前に多くの物資を送り込んでもらい、それでずいぶんと助かりました。ですが、マティアスが完璧な準備を行っているにもかかわらず、二個中隊が数日しか活動できない物資しか用意できなかったのです。そう考えれば、補給線がない敵地で数千の兵が行動することは現実的とは思えません」


「ならばなぜあのような提案を行ったのだ? マティアスは部隊長たちに理解させるためと言っていたが?」


 ハルトムートはどう言っていいのか悩んでいた。下手な言い方をすれば、同僚を貶めることにもなりかねないからだ。

 そこで私が代わって答える。


「前回の戦いでは、ヴェヒターミュンデ騎士団はここで帝国軍の二個師団に勝利しました。しかし、作戦の胆となる敵を引き込む部分は王国騎士団が担い、貴騎士団は引き込んだ敵を処理しただけと見られがちです。そのため、部隊長たちは今度こそは自分たちがと考え、打って出ようという意見が出たのではないかと思います」


「確かにその通りだが……」


「しかし、彼のように私の策の弱点を的確に突き、リスクよりリターンを求めるべきだと理論的に説明できる方がいなかったのではないかと思います。もし、単に積極策を主張するだけなら私に論破されて終わりますから、不満だけが残ったことでしょう」


「なるほど……確かにハルトと君の議論を聞いて俺も納得した。さすがはハルトだ」


 伯爵が満面の笑みを浮かべている。


「ということは、マティアス先生は最初から分かっていたということですか?」


 グスタフは昔の呼び方で聞いてきた。


「もう先生じゃありませんよ」


 そう言って苦笑した後、彼の問いに答える。


「最初は本気で質問してきたと思っていましたね。彼なら積極策を推してくるだろうと思っていましたから」


「では、どのタイミングで分かったのですか?」


「今回の作戦の目的を取り違えた発言のところですね。彼なら目的を見失うことはありませんから」


「信頼し合っているのだな。羨ましいぞ、ハルト」


 グスタフはそう言ってハルトムートに笑いかける。


「本当に凄いわ! 最近ハルトから指揮や戦術の話を聞いているけど、全然理解できなかったから」


 ウルスラが尊敬の眼差しでハルトムートを見ている。


「ハルトに来てもらってよかったと思う。そこでマティアスに頼みがある」


 伯爵がそう言って前のめりになった。


「我が騎士団が兵を出すことが不要だということは理解した。しかし、第三連隊に数名の参謀を送り込むことは無駄ではなかろう。ハルトに参謀たちを統率させれば、迷惑をかけることもないし、彼がラザファムの補佐に就けば、作戦の成功率も上がる。どうだ、考えてみてくれないか」


 参謀不足は深刻であり、ヴェヒターミュンデ騎士団でもそれは同じだ。

 しかし、現状では城で待機しているだけであり、参謀が必須という状況でもなく、経験を積ませるという意味でもいい提案だ。


 それ以上にハルトムートがラザファムを補佐するという案はいい。ハルトムートの意見を聞くことができれば、判断の助けになることは間違いないのだから。


「私としては願ってもないご提案です。ハルトの他に二名程度の参謀をお貸しいただければ、非常に助かります」


「了解だ。ハルト、お前に聞かずに決めたが、問題はなかろう?」


「はい。俺としてもマティとラズの手伝いができるなら是非ともやりたいですから」


 こうしてハルトムートが作戦に加わることになった。

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