第45話「領都での演説」

 統一暦一二〇七年八月十七日。

 グライフトゥルム王国南東部ラウシェンバッハ子爵領、領都ラウシェンバッハ。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ


 昨日、領都ラウシェンバッハに到着した。

 到着時には多くの領民が出迎えてくれ、更に夜には近隣の領主や平民の有力者、更には多くの商人が屋敷を訪れ、私の爵位相続を祝ってくれた。


 ここに来る途中、商都ヴィントムントに立ち寄り、モーリス商会を訪問している。

 表向きはフレディとダニエルを送ってきたことにしているが、商会長のライナルトにある依頼をすることが目的だ。


 ヴィントムントではライナルト以外にも多くの商会の商会長から挨拶を受けている。

 その中には商人組合ヘンドラーツンフトの大物たちも多く、彼らが私の動向を気にしていることが透けて見えた。


 商人たちにとっては、マルクトホーフェン侯爵との政争が最も興味があることだが、私が実質的に王国軍を取り仕切ると考える者が多く、新たな商売のネタが出てこないか探りを入れてきた側面も強い。


 商人たちの挨拶を受けたことから、馬車は祝いの品で溢れんばかりだ。賄賂と言えば賄賂だが、受け取らないとモーリス商会だけを優遇するのかと言われかねないので、仕方なく受け取っている。



 旅の疲れを癒した今日は、私が領主になったことを領民たちの前で報告し、今後の領地の運営方針について話をする。


 真夏ということで比較的涼しい午前中の早い時間に行うことを告知し、領主館の前の広場には千人を超える民衆が集まっている。入りきれない者も多く、周囲の路地にまで人が溢れていた。


「ずいぶん集まったな。イリスの策通りだね」


「見た感じでは商人も多くいるようね。上手く宣伝に使えば、一気に大陸中に情報が広がるはずよ」


 移動中、イリスが黒獣猟兵団を指揮していたため、話題になっていた。特に耳聡い商人たちは、参謀本部が来年に立ち上がり、そのナンバーツーに私がなることを知っており、商売につながる情報が得られるのではないかと集まったのだ。


 その中でも我が領内に支店を持つ者は昨日のうちに私に接触しており、ある程度情報は流している。その話が支店を持たない商人たちにも伝わり、最前列を確保しようと早朝から並んでいた。


 午前九時前、私は領主館の門の前に父とイリスと共に演台の上に立った。イリスは白銀の鎧姿で、私の周囲には完全装備の黒獣猟兵団が直立不動で整列していた。

 執事姿のシャッテン、ユーダ・カーンが拡声の魔導具を用意し、マイクを手渡してきた。


「私は父リヒャルトよりラウシェンバッハ子爵家の家督を継いだ。父は我が領を大きく発展させた。私はそれを引き継ぎ、皆が更に豊かになるようにしたいと考えている……」


 私の言葉に多くの者が笑顔で頷いている。

 ラウシェンバッハ子爵領はここ十年で大きく発展した。領民の所得が倍増しただけでなく、獣人族が入植してからは魔獣ウンティーアによる被害もほとんどなくなり、安全になったためだ。


「既に聞いている者も多いと思うが、私は王国騎士団参謀本部の次長に内定している。王国はグレーフェンベルク伯爵という稀代の英雄を失った。伯爵はレヒト法国、ゾルダート帝国という強国を退けた、我が国の守護神というべき方だった……」


 そこで悲しげな表情を浮かべる。聴衆たちも同じように残念だという感じで目を伏せている。


「王国の安全を守るため、その大きな穴を埋める必要がある。私は非才ながらもその穴を少しでも埋めるべく、尽力するつもりだ。これは私を認めてくださった伯爵に恩義を返すという意味もあるが、伯爵の王国を守るという遺志を継ぐためだ。そのため、私は全力をもって参謀本部次長としての職務に当たるつもりだ……」


 そこで領民の中からも“俺も王国を守るぞ!”という声が上がった。


「ありがとう! そのことだが、我がラウシェンバッハ領でも王国を守るために独自にできることをやるべきだと考えている。これは王国を守るということもあるが、我々の故郷、ここラウシェンバッハを守るため、そして、愛する家族を守るためでもある!」


 ラウシェンバッハはこれまで戦争に関係したことはほとんどなく、王国を守ると言われてもピンとこない者が多い。そのため、故郷や身近な者を守るという話にして訴えたのだ。


「来年には我が家でも騎士団を立ち上げるつもりだ。団長は我が信頼する弟、ヘルマンだ。そして、兵士には獣人族セリアンスロープ狩人イエーガーたちが多数志願してくれた。彼らは諸君らと同じ我が領民であり、諸君らにとっては大切な隣人だが、入植してまだ数年しか経っていない者たちだ。長年ここに住む我々普人族メンシュが何もしなくてよいのだろうか」


 そこで再び聴衆の中から“俺も志願するぞ!”という声が上がった。


「ありがとう。今の言葉は私を勇気づけてくれた。しかし、兵士となって戦うだけが、国を守るということではない!」


 聴衆たちが疑問の表情を浮かべている。


「確かに獣人族の兵士は強い。しかし、彼らだけでは戦えないのだ。私は諸君らにそのサポートを頼みたいと思っている。彼らが安心して戦えるよう、いろいろとやってもらいたい。例えば、食事の用意や装備の修理、休みの日の憩いの場を提供するということでもいいだろう。仲間として彼らを助けてやってほしいのだ」


 獣人族は黒獣猟兵団が領都に常駐するようになり、見慣れた存在になりつつあるが、これまで入植地からほとんど出なかったことから、昔からの領民たちとの間に壁のようなものがあった。


 それを払拭しておかないと、帝国やマルクトホーフェン侯爵に付け込まれる恐れがあるので、今回その話を出したのだ。


「無論、諸君らに無償で頼むことはない。当然適正な金は払う。その上でやってもらいたいことを我が家臣から告知させてもらう。商人諸君も同様だ。騎士団が設立されれば、装備だけでなく、多くの物資が必要となる。その供給で協力を仰ぎたいと思っている。これについても追って詳細を発表する」


 その言葉で最前列の商人たちの目が輝く。

 騎士団と言っているから二千人以上になることは明らかで、それだけの軍に食い込めれば、大きな商売になるからだ。


 特にラウシェンバッハ子爵家は裕福だし、金払いもいい。更に私とのコネクションを得たいと思っている商会も多く、絶好の機会が訪れたと思っているのだ。


「もちろん私がやりたいと思っていることは戦力を整えることだけではない。先ほども言ったが、今以上に我が領地を発展させるつもりだ。具体的には綿糸以外の特産品の開発や新たな産業の創出だ。これについては既に考えがある……」


 ラウシェンバッハ領は綿花の栽培が主な産業だったが、十年前にモーリス商会が紡績工場を作ったことから、綿糸や綿布という加工品まで特産品となった。そのお陰で雇用も創出され、収入と人口は飛躍的に伸びている。


 しかし、単一の産業だけではいずれライバルが現れ、廃れてしまう。そのため、ラウシェンバッハ領の特徴を生かした新たな産業の創出を考えていた。

 今考えているのは醸造所及び蒸留所の建設だ。


 ラウシェンバッハ領はエンテ河の水運を使えば、商都ヴィントムントに多くの物資を安価に運べる。そして、ヴィントムントからは海運が使え、世界中に比較的安く物を運ぶことができる。


 酒は液体であり、樽やボトルに詰めて運ぶ必要があるが、それらは陸上輸送に向かない。また、原料である穀物を大量に消費するが、これも輸送コストが馬鹿にならない。そのため、販売用の酒は大消費地の近くでのみ、余剰の穀物などで生産されており、大量生産という概念がない。


 また、ラウシェンバッハ領はヴァイスホルン山脈からの水が豊富で、西の獣人入植地には燃料や樽の原料となる木が豊富な森が広がっている。この世界の森は魔獣ウンティーアが跋扈する危険な場所だが、獣人族がいるため、蒸留所などを森の近くに作っても問題は少ない。


 これらの特徴を生かしつつ、高級酒である熟成した蒸留酒を大量に生産し、世界中に販売する。特にゾルダート帝国には、外貨を奪うために積極的に売り込むつもりだ。


 この他にも酒に関するイベントを開催し、酒の都としてラウシェンバッハを売り出すことも考えている。


 ちなみにこのアイデアだが、WEB小説で似たような話を読んだ記憶があったため思いついた。ただタイトルまでは覚えていない。


「具体的な話は今後、父が進めてくれるが、皆に協力を頼みたい。特に商人諸君には、新たな商機だと考え、積極的な支援をお願いしたい。このように私は王国のみならず、領地のことも真剣に考えている。今後ともよろしく頼む」


 そこで小さく頭を下げる。

 家臣たちがそこで拍手を始めると、広場にいた者たちにも広がり、最後には“ラウシェンバッハ子爵様、万歳!”という声まで上がり、五分以上続いた。


 その後、明後日に行うイベントについて話し、領民から賛同と歓迎の声が上がった。

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