第22話「健康問題:前編」
統一暦一二〇六年十月二十三日。
グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンブルク、騎士団本部。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ
御前会議が終わった後、クリストフ・フォン・グレーフェンベルク伯爵と共に騎士団本部に向かった。
騎士団長室に入ると、伯爵はご機嫌な様子で話し掛けてきた。
「なかなか面白い結果になったな」
伯爵はそう言って笑っているが、私としてはあそこまで攻める必要があったのかと疑問を持っていた。
「事前にお話しした通り、あまり追い詰めすぎるのはよくないと思いますが?」
「あの程度なら問題なかろう。それとも内戦でも起きると言いたいのかな? それならこちらにとっては好都合だが」
そう言ってニヤリと笑う。
「追い詰めすぎれば、マルクトホーフェン侯爵派の結束が固くなるだけです。我々が行うべきはマルクトホーフェン侯爵の力を弱めることであって、内戦を引き起こす危険な行為は慎むべきです」
現状では強力な敵であるゾルダート帝国やレヒト法国の脅威は下がっていると言えるが、内戦が起きれば、両国が直接手を出してこないとも限らない。
その場合、内と外に敵を作ることになり、我が国は危険な状況に陥ってしまう。
「それは理解しているよ。だが、マルクトホーフェンの力は削げる時に削いでおかねば禍根を残す」
私には伯爵が焦っているように感じた。
「焦っておいでのようですが、お身体の調子が優れないのですか?」
私の問いに伯爵はすぐに答えなかった。
「……万全とは言い難い。だが、ネッツァー医師に診てもらってから、特に体調が悪くなったわけでもない」
やはり体調の不良は改善されていないようだ。
「軍務省の設立は確定しています。ここで閣下が無理をして倒れられては、マルクトホーフェン侯爵だけでなく、ゾルダート帝国やレヒト法国にも付け入る隙を与えることになります。ご自愛ください」
今の王国軍はグレーフェンベルク伯爵の手腕によって支えられていると言っていい。もちろん、私も情報操作などでは積極的に関与しているが、グレーフェンベルク伯爵がいるから上手く回っているのだ。
「君たちがいれば、マンフレートでも充分にやれるはずだ。私としては、この身を燃やし尽くすことになっても、この機にマルクトホーフェンの力を削いでおきたい」
やはり自覚症状はあるようだ。
しかし、第三騎士団長マンフレート・フォン・ホイジンガー伯爵がグレーフェンベルク伯爵の代わりになるかと問われれば、ノーと答えるしかない。
「ホイジンガー閣下では無理です。指揮官としての能力や人望の点ではおっしゃる通り、閣下の代わりが務まるかもしれません。ですが、ホイジンガー伯爵は政治的な面では閣下の代わりを務められるとは思えません。これは能力というより性格的な問題です」
私の指摘にグレーフェンベルク伯爵は渋い顔をする。
伯爵が反論する前に私は主張を続けた。
「恐らく、王国騎士団長になられたとしても、今日の御前会議のようなマルクトホーフェン侯爵との全面的な対決において、勝利は望めないでしょう。ホイジンガー閣下は武人としては尊敬すべき方ですが、清濁併せ呑むという柔軟さが足りません。我が国の最大の欠点である政治家が不足しているということをお忘れなきように」
「分かっている。だが、どうしても時間がないと考えてしまうのだよ。杞憂であればよいとは思っているのだがね」
伯爵は弱々しい笑みを浮かべていた。
「やはり“
魔導師の塔“
正確な年齢は聞いていないが、統一暦ができた千二百年くらい前には生まれているらしい。
それだけ長い年月に蓄積された魔導師としての経験があれば、不治の病でも治癒することは不可能ではない。
通常なら国王であっても大導師の治療は受けられないが、私が頼めば何とかなるのではないかと考えている。
“
「君はそう言うが、グライフトゥルム市はここから約五百キロメートルもある。往復するだけでも一ヶ月、治療がどれくらい掛かるか分からない状況では、二、三ヶ月王都を不在にするかもしれんのだ。それほどの期間、私が王都を離れることが現実的な話だとは思えん」
伯爵の言っていることは間違ってはいない。
それだけの期間、戦争でもないのに王国軍の実質的なトップが不在という状況は異常過ぎ、マルクトホーフェン侯爵でなくともグレーフェンベルク伯爵に何か異常があるのだと気づくはずだ。
「おっしゃることは理解しますが、その程度のことであれば、私が何とかします。重要なのは閣下が健康であることです。今倒れてしまえば、これまでの改革が水泡に帰してしまいます。そのことをよくお考えください」
「
伯爵は覚悟を決めたような表情でそう言った後、優しい笑みを浮かべた。
「もっとも単に疲れが溜まっているだけかもしれないから、杞憂に過ぎんという可能性も充分にあるがね」
そう言っているものの、伯爵が本気で疲れているだけだと考えていないことは明らかだ。
「分かりました。大賢者様に戻っていただくよう、頼んでみます」
大賢者マグダは北の古城ネーベルタールにいることが多い。
そこには
しかし、ここ三ヶ月ほどは“
情報分析室に理由を聞いても、リヒトロット皇国方面に行っているとしか分かっていない。“
しかし、伯爵の自覚症状が強くなっていることから、時間的な猶予はなく、情報分析室に本格的に大賢者に連絡を取るよう依頼しようと考えたのだ。
「そうしてもらえると助かるよ。まあ、大賢者様が戻ってこられても変わらない可能性はあるから、今のうちにやるべきことをやるつもりだがね」
その話をした後、“
ネッツァー氏に伯爵のことを話すと、彼も放置しておくべきではないと考えていたらしく、強く賛同してくれた。
「私としても君から大導師様に頼んでもらった方がいいと思っていた。何と言っても魔導師の塔は自ら積極的に世俗に関わることができないからね。だが、君が依頼するなら問題はない。それにマグダ様も君が危機感を持っていると分かれば、すぐに戻ってこられるはずだ」
そんな話をした後、長距離通信の魔導具を使い、大導師シドニウスに直接依頼を行った。
そして、大賢者マグダはその約二週間後の十一月六日に王都に現れた。
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