第21話「糾弾」

 統一暦一二〇六年十月二十三日。

 グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンブルク、王宮内。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ


 昨日の平民街でのならず者の捕縛は成功裏に終わった。

 マルクトホーフェン侯爵が関与しているという噂は瞬く間に広がり、思った以上の成果を挙げている。


 しかし、侯爵もこれで終わらせるつもりがないようで、本日御前会議の場で釈明するようにという命令が届いた。


「第一騎士団長の許可も得ているのだし、釈明も何もないはずよ」


 イリスが憤慨しているが、私はこういった事態になることは想定していた。


「侯爵は貴族の私兵が王都で勝手に軍事行動を行ったことは見過ごせないと言うだろうね。そのようなことを許せば、秩序が乱れるとか何とか言ってね」


「王都の平和を乱しているのは侯爵の方じゃない。言いがかりだわ」


「マルクトホーフェン侯爵が言いがかりをつけるのは、先代のルドルフ卿の時代からの常套手段だよ。五侯爵家のレベンスブルク家に対してすら言いがかりを付けて領地を奪っているんだ。子爵家に過ぎないラウシェンバッハ家に遠慮なんてするはずがない」


「そうね……想定していたということは、これも逆手に取るつもりなの?」


「まあ、上手くいけばという程度だけど、考えはあるよ」


 そんな話をした後、私は王宮に向かった。

 御前会議の前にクリストフ・フォン・グレーフェンベルク伯爵と会い、簡単な打ち合わせを行った。


 御前会議には国王フォルクマーク十世、宰相のクラース侯爵、宮廷書記官長のメンゲヴァイン侯爵、王国騎士団長のグレーフェンベルク伯爵の正規のメンバーの他に、告発者のマルクトホーフェン侯爵、告発された私と第一騎士団長のホルクマイヤー子爵の七名が出席している。


「まずは私から説明させていただきます」


 ミヒャエル・フォン・マルクトホーフェン侯爵は国王に向かって一礼すると、私たちの方を向いて話し始めた。


「今回の平民街でのならず者のことだが、奴らを放置していた責任は王都の安全を守る第一騎士団にある。にもかかわらず、第一騎士団長はその責任を放棄し、一子爵家の嫡男に逮捕権を委譲してしまった。つまり、一貴族家の私兵が王国騎士団と同じ権限を得て、暴力行為を行ったということだ。このようなことを許せば、貴族の私利私欲によって、王都の秩序が乱れることになる。王国を守護する王国貴族として、このような行為は看過できない」


 私利私欲によってという言葉に思わず笑いそうになった。自らが最も私利私欲で王国を食い物にしているからだ。

 侯爵はそのままグレーフェンベルク伯爵に視線を向けた。


「王国軍全体を統括する王国騎士団長に伺いたい。貴族の私兵に王都の治安維持の一端を任せることを認めるのか否か。認めるのであれば、王国騎士団の存在意義をどう考えているのかを聞かせていただきたい」


 グレーフェンベルク伯爵は国王に小さく黙礼した後、答えていく。


「貴族の私兵に王都の治安維持を任せることはない」


「では、今回のことはどうするつもりか?」


「何もする必要はない」


 グレーフェンベルク伯爵は平然と答えた。


「先ほどと言っていることが違うのではないか? 貴殿は貴族の私兵に治安維持は任せぬと断言した。しかし、今回はラウシェンバッハ家の私兵が第一騎士団長の許可を得たと言って、平民の屋敷に押し入っている。このことについて見解を聞かせてもらいたい」


「ラウシェンバッハ家の私兵というが、彼らは王国騎士団の一員だ。問題などあるはずがない」


「どういう意味だ?」


 マルクトホーフェン侯爵はその答えを想定していなかったようで、一瞬困惑の表情を見せる。


「マティアス・フォン・ラウシェンバッハは王国騎士団において、主任教官として大隊長待遇を得ている。また、捕縛に参加した獣人たちの指揮官も補助教員として王国騎士団に属しているのだ。確かに王都の治安を守る第一騎士団には属していないが、同じ王国騎士団の一員であり、また事前に第一騎士団長の許可も得ているし、私も認めている。どこに問題があるのか、はっきりと指摘いただきたい」


 伯爵の言う通り、私自身は士官学校の主任教官だし、エレンたちリーダーとサブリーダーは補助教員として正式に採用されている。


 士官学校は王国騎士団、すなわちグライフトゥルム王国軍の正式な組織であり、権限の問題さえクリアすれば、その構成員が第一騎士団に代わって治安維持活動を行っても問題はないのだ。


「……」


 マルクトホーフェン侯爵はグレーフェンベルク伯爵の言葉に反論できない。


「今回のような特例はこれまでも行われている。王国騎士団の前身、シュヴェーレンベルク騎士団時代、大規模な火災があった際に衛士隊だけでは手が足りず、各騎士団の応援を得て治安を維持したことがある。その時は緊急ということで正式な文書はなかったが、今回は正式な文書によって権限の委譲が認められているのだ。小官には問題があるというマルクトホーフェン侯爵の指摘が全く理解できない」


 実例まで示しての反論に、マルクトホーフェン侯爵は伯爵を睨み付けることしかできずにいた。


 グレーフェンベルク伯爵は攻撃の手を緩めなかった。

 伯爵は国王に向かって一礼する。


「小官からも一つマルクトホーフェン侯爵に確認したいことがあります」


「どのようなことか」


 国王は伯爵の言葉に流された。


「ならず者の頭目、ブルーノ・ロシュなる者を尋問した際、マルクトホーフェン侯爵家の家臣、アイスナー男爵からマルクトホーフェン侯爵領から流れてくる獣人たちを受け入れるようにという指示があったと証言しております。これが事実であれば、マルクトホーフェン侯爵こそが王都の治安を脅かす存在と言えます。是非とも侯爵からそのような事実はないと証明していただきたい」


「ならず者と繋がっておるというのか……そう言えば、マルグリットの時も……マルクトホーフェンよ、グレーフェンベルクの問いに答えよ」


 国王は第一王妃マルグリット暗殺事件を思い出したようで、珍しく敵意をむき出しにしている。


「そのような事実はございません。疑いを持たれたことは我がマルクトホーフェン家の不徳の致すところではございますが、グレーフェンベルク伯爵は我が家を不当に貶めております」


「小官はそのような事実がないことを証明していただきたいと言っただけだ。後ろ暗いことがないのであれば、証明できるはずだが?」


 伯爵は“悪魔の証明”を要求した。


「逆であろう。アイスナーが関与したという証拠を出すべきだ」


「こちらは尋問によって得られた証言を基にしている。小官も栄えあるマルクトホーフェン侯爵家がならず者と繋がっているとは思っていないが、そのような証言が得られたのに問い質さぬわけにはいかない。陛下、小官の言は間違っておりましょうか?」


 そこで伯爵は国王に問うた。


「うむ。そのような重大な証言が得られたのであれば、調査することはおかしなことではない。そもそも、そのような疑惑を持たれること自体、貴族として恥ずべきことだろう。その疑惑を晴らす機会を与えているのだから、伯爵の言っていることは正しい」


 国王は普段と異なり、饒舌だ。

 愛する妻を殺された恨みを晴らす機会だと思ったようだ。


「ありもしないことを証明するのは困難です。騎士団が証拠を提示すべきです」


「卿は先ほど、ラウシェンバッハの越権行為は王国の秩序を乱す行為であり、王国を守護する貴族としては看過できないと言った。では、このような破廉恥な疑いを持たれることは王国貴族としてどのように考えておるのだ?」


「それは……」


 国王の追及に、マルクトホーフェン侯爵は答えに窮している。

 そこで今まで発言していなかった宮廷書記官長のメンゲヴァイン侯爵が発言する。


「そう言えば、第一騎士団の衛士隊に、ラウシェンバッハ家の家臣を不当に尋問しようとした騎士がおりましたな。その者はマルクトホーフェン侯爵殿の家臣ヴィージンガーなる者から命じられたと証言しているとか。このことも併せてお答えいただきたいものですな」


 メンゲヴァインは政敵が苦しむ姿を見て嫌らしい笑みを浮かべている。

 そこに今度は宰相のクラース侯爵が割って入った。


「マルクトホーフェン侯爵家ほどの家であれば、家臣のすべてを管理することは不可能であろう。ミヒャエル殿、今回は疑いを持たれた家臣に何らかの処分を課し、それをもって陛下に謝罪されてはいかがか」


 宰相はマルクトホーフェン侯爵が窮地に陥ったと考え、助け舟を出したようだ。


「処分と言っても譴責程度で許されるものではありませんな。死罪にする必要はないでしょうが、少なくとも追放処分は必要でしょう」


 グレーフェンベルク伯爵が宰相の言葉に乗った。

 しかし、私としてはここまでする必要があるのかと疑問を持っている。


 確かにアイスナー男爵を排除できれば、王都に置けるマルクトホーフェン侯爵の力は一気に落ちるだろう。

 しかし、あまり追い詰めすぎると、派閥の結束を固めることになりかねない。


 私としては、今回は疑いを持たれたという事実を広め、求心力を低下させる程度でよいと思っていたのだ。


 このことは伯爵にも伝えてあったが、方針を変えたらしい。しかし、この流れで私が割って入るわけにもいかず、見守ることしかできなかった


「そうだな。余も疑いだけで死罪にせよとは言わぬし、家を潰せとも言わぬ。そのような疑いを持たれる者を王都に置いておくことを侯爵が認めるとは思わんが、適切な処分が必要であろうな」


「御意」


 国王の言葉でマルクトホーフェン侯爵も諦めた。

 その後、私に対する詮議はなく、ほとんど発言することなく、そのまま御前会議は終了した。

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