第3話「グレーフェンベルク伯爵からの相談:後編」
統一暦一二〇六年七月二日。
グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンブルク、グレーフェンベルク伯爵邸。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ
クリストフ・フォン・グレーフェンベルク伯爵からできる限り早い時期に、総参謀長に就任してほしいと依頼があった。
ミヒャエル・フォン・マルクトホーフェン侯爵の台頭が理由だが、それだけではないような気がした。
そのことを聞こうと思った時、妻のイリスが発言する。
「お身体の調子が悪いのでしょうか? お疲れのように見えますけど?」
「疲れていることは確かだし、食欲もないが、身体のどこかが悪いというわけじゃない。ただ私だけではという不安が大きいだけだよ」
そう言って微笑むが、以前より覇気がない気がした。
「今閣下に倒れられたら大変です。“
魔導師の塔“
「大賢者様はともかく、ネッツァー氏には診てもらうことにするよ。それよりも参謀本部と軍務省の設置についてだ。来年の一月が無理としても、早期に実現したい。総参謀長はマティアス君が候補だが、問題は軍務省のトップである軍務卿だ。今はレベンスブルク侯爵だが、ほとんど出仕していない。まあ、分からんでもないのだが、このままでは軍務省を作るなど夢のまた夢だ」
マルクス・フォン・レベンスブルク侯爵は五つある侯爵家の当主で、第一王妃だったマルグリット王妃と第四騎士団長コンラート・フォン・アウデンリート子爵の兄に当たる。
しかし、先代の侯爵であるフィリップがルドルフ・フォン・マルクトホーフェン侯爵との政争に敗れ、領地を大きく削られた挙句、この世を去った。
現当主のマルクスは現在四十歳で、非凡な才能があるとは聞かないが悪い噂もなく、侯爵家の順送りでいけば、現在のオットー・フォン・メンゲヴァイン侯爵ではなく、彼が宮廷書記官長になっていたはずだった。
しかし、政争に勝ったルドルフがマルグリット王妃のこともあり、マルクスの就任に強く反対し、就任できなかった。
そのため、領地で腐っていたが、三年前に味方が欲しいメンゲヴァイン侯爵が軍務卿に推薦し就任している。
但し、宰相の部下という扱いにマルクスは納得せず、ほとんど出仕していなかった。
「確かにレベンスブルク侯爵では新たな組織を作るのは難しいですが、軍務卿を代えることは難しいですし、候補はケッセルシュラガー侯爵くらいしかいません」
私がそういうと、ラザファムが否定する。
「そうでもないかもしれない」
「どういうことだ? 軍務卿を代えることができるということか?」
グレーフェンベルク伯爵が驚き、質問する。
「レベンスブルク侯爵閣下は軍務卿を実効性のあるものに変えようと考えておられます。上手く話を持っていけば、協力していただけるのではないかと」
「兄様はレベンスブルク侯爵閣下と面識があるの?」
イリスが驚いて聞くが、私も同じように驚いている。
レベンスブルク侯爵家とエッフェンベルク伯爵家は昔から付き合いがあるわけではなく、名門エッフェンベルク伯爵家の嫡男とはいえ、侯爵家の当主と面識があるとは思っていなかったからだ。
「ああ、一応面識はある……」
彼にしては珍しく、歯切れが悪い。
「重要なことだ。個人的なことかもしれんが、ここにいる者たちに言えぬことでないなら、侯爵とどのような関係なのか教えてくれないか」
伯爵から言われてラザファムは頬をポリポリと掻いた後、話し始めた。
「侯爵家の長女シルヴィア嬢と結婚したいと思っています。そろそろ婚約の話も出ているので、話そうと思っていたところでした……」
「婚約! 全然知らなかったわ!」
イリスが驚きの声を上げた。
更に詳しく聞くと、三年前のヴェストエッケの戦いの後の戦勝記念式典にシルヴィアが出席しており、そこで挨拶を交わした。
その当時、シルヴィアはまだ十四歳でラザファムも特に意識はしていなかったが、昨年八月のヴェヒターミュンデへの遠征時、レベンスブルクを通過する際、夏休みで帰郷していたシルヴィアと会って、その美しさにラザファムが魅かれたらしい。
更に今年の一月に行われた戦勝記念パーティで再会し、レベンスブルク侯爵に交際の許可をもらおうと会いに行ったそうだ。
「……侯爵閣下はマルクトホーフェン侯爵家に報復することを考えておられます。私が見る限り、能力的に難しいと思いますが、そのことは閣下ご自身も気づいておられます。そのため、私を取り込むことで騎士団との繋がりを作り、グレーフェンベルク閣下の支援を得ることをお考えのようです。私自身は政治を絡めたくはないのですが……」
ラザファムの貴族としての価値は非常に高い。武の名門エッフェンベルク伯爵家の次期当主ということも大きいが、兵学部の首席であり、更に功績も挙げているから、騎士団での出世も確約されている。
マルクトホーフェン侯爵に対抗するなら、是非とも押さえておきたい人材だということだ。
彼自身は政治に関わりたくないと考えているが、それが難しいことも理解している。
「なるほど……レベンスブルク侯爵が軍務卿を宰相から切り離したいと考えているなら、やりようはありそうだな。それに彼が味方になるなら、軍務省に人を送り込むことは容易になる……繋ぎを付けてみるのもありか……」
グレーフェンベルク伯爵が独り言を呟いている。
五侯爵家の当主と王国騎士団長からの連名での提案であれば、もみ消すことは難しい。
また、組織が増えることで軍務卿以外のポストも増えることになる。貴族としては肩書が増えることを歓迎するので、貴族の支持を得ようとしているマルクトホーフェン侯爵としても反対しづらい。
「侯爵閣下が前向きであるなら、設立自体は難しくありません。ですが、軍務省という組織を実質的に動かす人物を送り込まないといけないという大きな問題があります。現状では候補となる方がいませんが、その点はどうお考えですか?」
グライフトゥルム王国の弱点は優秀な政治家がいないことだ。
今回軍務省という役所を作るとして、大臣である軍務卿は決まっているが、その下で実質的に官僚を動かすのは次官だ。
次官は侯爵もしくは伯爵の爵位を持っている必要があり、能力だけでは決められず、候補者に心当たりがなかった。
グレーフェンベルク伯爵は私の質問にニヤリと笑う。
「そちらは考えてあった。ラザファムにいてもらったのは、それを頼みたいということもあったからだ」
ラザファムが驚きの表情を見せる。
「うちはまだ家督を継ぐ話すら出ていません。それに私自身、書類仕事より騎士団での仕事をやりたいと思っています」
ラザファムとイリスの父、カルステン・フォン・エッフェンベルク伯爵は今年四十歳になったばかりだ。通常は五十歳前後で家督を譲ることが多く、健康問題などがなければ、あと十年は家督相続という話は出ないだろう。
ちなみにうちの父リヒャルトは四十六歳であり、そろそろ家督相続という話が出てもおかしくない年齢だ。
「ならばカルステン殿に頼むというのはどうだろうか? 元々文官でもあり、書類にも強い。幸い帝国も法国も数年は動かぬのだ。ならば、エッフェンベルク騎士団の団長を信頼できる家臣に任せ、国政に関わってもらうということも可能だと思うが」
悪くない考えだ。
エッフェンベルク伯爵家は侯爵家に匹敵する力を持っているから侮られることはない。それにエッフェンベルク騎士団を改革した実績を持っているから、発言力もある。
「私は悪くない考えだと思います。但し、義父上に賛同していただけるかは分かりませんが」
「そこは君とイリスに期待しているのだがな。君たちが必要だと言ってくれれば、カルステン殿も無下にはせんだろう」
確かにマルクトホーフェン侯爵に対抗するために軍を掌握する必要があると言えば、義父も即座に否定しない気がする。
「確かにそうかもしれません。レベンスブルク侯爵とも縁戚関係になりますから、軍務省を自由に動かせますので、マルクトホーフェン侯爵に対抗するためと説得すれば、承諾してくれる可能性は高いと思います」
その後、マルクトホーフェン侯爵派への対応について話し合い、参謀本部と軍務省設立に向け、早期に、但し極秘裏に行動することが決まった。
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