第22話「皇国への対応方針」

 統一暦一二〇五年七月三日。

 グライフトゥルム王国中部ヴィントムント市、モーリス商会本店。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ


 ゴットフリート皇子率いるゾルダート帝国軍六万がリヒトロット皇国の皇都攻略作戦を開始したという報告を受け、対応のために行動を開始した。


 ラウシェンバッハ子爵領から長距離通信の魔導具があるヴィントムント市に移動し、モーリス商会の商会長ライナルト・モーリスと皇国に情報提供する手段を協議した。


 午後七時になり、王国騎士団の実質的なトップ、クリストフ・フォン・グレーフェンベルク伯爵と通話が可能となるため、長距離通信の魔導具のある部屋に向かう。


 部屋には私、イリス、カルラ、ユーダ、ライナルトの五人が入る。

 部屋に入ると、操作要員であるシャッテンが片膝を突いて待っていた。


「王都より連絡がございました。伯爵はまだ到着されていませんが、ネッツァー上級魔導師より新たな情報が入ったとの連絡がありました。既に待機しておりますので、通話はいつでも可能です」


 そう言って魔導具を操作する。


『こちらは王都のマルティン・ネッツァーだ。マティアス君、こちらの声は聞こえているかな』


 明瞭な声が魔導具から流れてくる。


「聞こえています。新しい情報が入ったそうですが、どのような情報でしょうか?」


『本日、第四騎士団がヴェヒターミュンデに向けて出発した。後で伯爵から話があると思うが、年度計画に沿った演習だと発表されている。それから第三騎士団もリッタートゥルム城付近で演習を行うと発表があった。こちらはリッタートゥルム城付近にいる帝国軍を牽制するためという噂が流されている。伯爵と話す前に知っておいた方がよいと思ったのだが、どうだったかな』


 グレーフェンベルク伯爵は帝国軍が動いたという情報を得ると、すぐに動いたらしい。


「助かります。これをどう生かすのか、考える時間があった方がいいですから」


『君ならそう言うと思ったよ』


 それから他の情報について話をし、対策などを協議した。

 ある程度具体的な策まで検討したところで、伯爵が到着したという連絡が入った。伯爵はそのまま通信の魔導具のところに来たらしく、すぐに話し合いが始まった。


『第三騎士団と第四騎士団について話は聞いているな』


「先ほどネッツァーさんから聞きました。素早い対応、ありがとうございます」


『うむ。この件でも後で相談があるが、まずは帝国軍の戦略に関する君の見解を聞きたい』


 その問いに昨日イリスたちと協議した結果を説明する。


「ゴットフリート皇子の狙いは皇都攻略の最大の障害、皇国水軍の殲滅でしょう。具体的には皇都の下流にあるナブリュック市か、それに準ずる都市を占拠して皇都への補給路を遮断すると見せかけ、水軍を引き寄せます。その上で別動隊を送り出し、皇都付近のゼンフート村を占拠し、皇都へ進軍する姿勢を見せます。更にその近くに投石器を密かに配置し、慌てて戻って来た水軍を一網打尽で殲滅し、皇都への補給線を完全に遮断することで降伏を促すと思われます」


 私の説明に伯爵はすぐに反応しなかった。


『……なるほど。下流の都市に向かうだけなら、ゴットフリート皇子にしては捻りがない作戦だと思ったが、これなら充分にあり得る策だな。それで我々ができることは何だろうか?』


「まず重要なことは、皇国に対して水軍が狙われていることを伝え、信じてもらうことです。皇国軍の将は近視眼的な人が多いですから、ナブリュック市を防衛している間に、別動隊が皇都近くの村を占領したと聞けば、条件反射的にそこに全戦力を投入しようとするはずですから」


『その可能性は高いな。それで皇国に信じてもらうためには、どうしたらいい?』


「その点が難しいところですが、まずはエーデルシュタインから王国軍情報部が得た情報を伝えるという形で帝国軍が動いたことと、目的が水軍であることを伝えます」


『うむ。常識的な対応だな。まずはということは他にもあるのだな?』


「はい。こちらからもライナルトさんに皇都に出向いてもらい、王国で独自に掴んだ情報を得たから売りに来たという感じで、皇国の高官に情報を渡していただきます。ライナルトさんが得意先の皇国が破滅することは望ましくないと考えてもおかしくないので、信憑性は増すと思っています。ただ、時間的に厳しいということと、王国政府の公式の見解を示せない点が問題だと思っています」


『時間的に厳しいことは理解するが、王国の公式見解があっても皇国は信じぬのではないか? これほど負け続けても未だに内部で派閥争いをやっているような連中だが』


 伯爵の言う通り、皇都では積極的に攻勢に出るべしという一派と、皇都を守れればそれでよいという一派に分かれて、主導権争いを行っているという情報が入っている。


「その点は同意ですが、南部鉱山地帯での後方撹乱作戦が一定の成果を挙げましたから、閣下のお名前で警告すれば、ある程度警戒してくれるでしょうから、全滅という事態には陥らないのではないかと思います」


 エーデルシュタインの南にある南部鉱山地帯でゲリラ戦を展開させたが、これはグレーフェンベルク伯爵が皇国に提案したことになっている。


 現在ではマクシミリアン皇子の活躍によってゲリラはほぼ壊滅しているが、それでも皇都への本格的な攻略作戦が行えなかったことは皇都で知らぬ者はなく、グレーフェンベルク伯爵の名は一定以上の重みを持っている。


『確かにそうだが、それは君の功績なのだがな……それはともかくとして、私が文書を送れば、この通信の魔導具の存在を知られる恐れがある。それだけは何としてでも避けたいところだ』


「その点は私も同じです。ですので、別の手も考えてみました」


『もう考えているとは。それはどのような策なのだ?』


 伯爵はやや興奮気味の声で聞いてきた。


「策といっても大したことではありません。何と言ってもまだ帝国の戦略が明らかになったわけではありませんから」


『確かにそうだな』


 私の指摘に伯爵は苦笑が混じったような声で答えた。


「ですが、今から仕込みをしておくことは重要です。何と言っても距離がありますから」


『布石を打っておくのだな。で、具体的にはどうするんだ?』


「閣下が第三、第四騎士団の東部への派遣を提案してくださいましたので、その情報を使います。具体的には第四騎士団がヴィントムントに到着後、ヴェヒターミュンデとリッタートゥルムへの物資の輸送依頼を大々的に行います。そうすれば、ここにいる商人たちは我が国が帝国領内に向かうかもしれないと思ってくれるでしょうから」


『我が国が帝国に攻め込む必然性がないが、それで商人たちは信じるのだろうか?』


 伯爵が疑問を口にした。


「帝国内にいる内通者から情報を得たと密かに流します。まず帝国の西部に大部隊がいないこと、ゴットフリート皇子は皇都攻略に専念すること、食糧不足によって第二軍団と第三軍団以外の部隊が旧皇国領に送られてくる可能性がないこと、この三つの情報が我が国に入ったので切れ者のグレーフェンベルク閣下が国王陛下を説得したと言えば、割と信じてくれるのではないかと思います」


『私の評判まで利用するのか……確かに商人たちは噂として広めてくれるかもしれんな。だが、その情報は誰に向けて流すのだ? 皇国軍か? それとも帝国軍か?』


「帝国軍です。ここに第四騎士団が到着するのは七月半ば頃でしょう。その後に皇都に向かう商船はいずれもナブリュック市で足止めされることになりますが、一部の商人は帝国にその物資を売りつけようとするはずです。その際に手土産の情報として持ち込む可能性は充分にあります」


『商人の習性まで利用するのか……確かにその方が信憑性は上がるが、ゴットフリート皇子なら我が軍が攻め込むはずがないと看破するのではないか?』


 伯爵の疑問は妥当なものだ。

 戦略目的を考えれば、皇都への攻撃を防ぐための陽動であることは明らかで、そのことをゴットフリート皇子が気づかないはずがないためだ。


「その可能性はありますが、その後に入ってくる情報と併せて考えれば、どうでしょうか? 先ほどの三つの情報はいずれも事実ですから信憑性は高いですので、今回の演習が欺瞞行動だとゴットフリート皇子はともかく、他の将たちは勝手に考えてくれるのではないでしょうか」


『その後に入ってくる情報というのは?』


「第四騎士団がヴェヒターミュンデに到着したら、フェアラート周辺に偵察隊を頻繁に出してもらいます。そうすれば、帝国の国境警備部隊はすぐに伝令を送るはずです。また、第三騎士団がリッタートゥルム城に到着後、シュヴァーン河を渡河し、帝国領に侵入してもらいます。第二軍団の偵察隊はいなくなりましたが、監視の兵は残っていますので、帝国軍は一万以上の兵が皇都救援に向かうと誤認する可能性は充分にあります」


『国境を越えるのか……越えるだけで何もせずに戻るということかな?』


 国境を越える作戦を独断で実行することに躊躇いがあるのだろう。


「シュヴァーン河沿いに北上し、ヴェヒターミュンデに入ってはどうかと思います。フェアラートには三千程度の兵しかいませんから、第三騎士団が攻撃される可能性は低いですし、敵国内への渡河訓練としておけば、国王陛下も宰相閣下も詳細まで確認されていないでしょうから問題はないと思います。それにその頃には敵の状況も分かってきているでしょうから、それを見て判断してもよいのではないかと思います」


 大規模な国境での演習と言って、二つの騎士団を動かしているが、裁可を行う国王や宰相が詳細まで確認しているとは思えない。計画書の文言を強引に解釈すれば、この程度のことはお咎めなしで可能だと思っている。


『よかろう。とりあえず、情報操作を主として行動を開始する。第三騎士団の渡河については敵の状況を見てから判断する』


 こうして皇国に対する行動方針が決定した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る