第18話「リッタートゥルム城出発」

 統一暦一二〇五年四月二十四日。

 グライフトゥルム王国南部リッタートゥルム城。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ


 リッタートゥルム城に来てから十日。

 途中で帝国軍の偵察隊を捕虜にするなど、突発的なこともあったが、地形調査は順調に進んだ。


 捕らえた偵察隊だが、小隊長のハイドラーを始め、全員を解放している。

 これは帝国軍に疑心暗鬼を生じさせるための策だ。特にハイドラーには多くの情報を得ているように話しているので、内通者の調査を始めるはずだ。


 仮に内通者の調査がなくとも問題はない。

 彼らが城内を移動する際は常に目隠しをしていたし、シャッテン以外とは接触しないようにしていたから、こちらの情報が漏れることはない。


 シュヴァルツェベスティエン猟兵団イエーガートルッペについてはその存在が知られることになるが、こちらも問題ないと思っている。


 帝国は既に獣人入植地について興味を示しているから、獣人部隊ができていてもおかしいとは思わないだろうし、獣人の精鋭部隊があると思ってくれた方が、シャッテンを使っていることのカモフラージュになる。


 魔導師の塔である叡智の守護者ヴァイスヴァッヘは国家への関与を制限されているため、今の全面的な支援は他の塔から非難を受ける可能性がある。そのため、下部組織である闇の監視者シャッテンヴァッヘシャッテンが必要以上に動いていると思われない方がいい。


 私に対する関心度合いは上がるだろうが、既に謀略を仕掛けられ、更にその謀略を逆手に取る策を行っていることが知られるのは時間の問題なので、獣人たちとの関係を調べられても今更感がある。


 それに私と獣人たちに注目してくれた方が、帝国に潜入しているシャッテンたちが気づかれにくくなる。

 だから、偵察隊を釈放しても問題ないと判断したのだ。


 この他にも偵察隊から得た情報から、帝国側の警備体制も分かったため、シャッテンたちにシュヴァーン河の東岸についても調べてもらっている。


 その結果、リッタートゥルム城の対岸近くに、大規模な補給拠点を建設できることが判明した。


 また、渡河用の船を調達できれば、リッタートゥルム城の南に数百人規模の兵士を送り込むことが可能で、水上からの攻撃と同時に岩山からの奇襲を受けると、陥落の可能性があることも分かった。


 そのため、守備兵団の団長であるオイゲン・フォン・グライリッヒ男爵と協議を行い、対策を提案した。


 具体的にはシュヴァーン河の上流域まで偵察を行うことと、王国側に渡ることができる箇所には痕跡が残るような細工をし、定期的に敵が渡河していないことを確認すること、リッタートゥルム城の南側を補強することだ。


 偵察については現状でも可能だが、城の補強は岩山を削って断崖絶壁とすることと、上から矢を射こまれないように壁を高くすることであるため、時間が掛かる。


 そのため、王都にいるグレーフェンベルク伯爵らにこれらの情報を伝え、早急に対処してもらうこととした。


『城の補強は早急に着手できるよう宰相府にねじ込もう。だが、帝国がリッタートゥルムから離れたという情報はありがたい。ヴェヒターミュンデからも情報部の諜報員をフェアラートに送り込んで確認するよう指示を出すつもりだ』


「よろしくお願いします。フェアラートに帝国軍がいなければ、皇都攻略作戦を開始するために戦力を集中させていることになりますから、他の手を打たなければなりませんので」


『そうだな。ゴットフリート皇子がグリューン河の中流域に向かうという情報が入っている。まだ軍団は動いていないが、皇子は何かするつもりなのかもしれん』


 グレーフェンベルク伯爵もゴットフリート皇子の動きを気にしていたようだ。


叡智の守護者ヴァイスヴァッヘの情報分析室に情報収集と解析を頼んでいますので、その結果次第では我が国から打って出ることも視野に入れておいた方がいいでしょう」


 皇都リヒトロットは大河グリューン河に守られた堅固な城塞都市だが、戦争の天才ゴットフリート皇子なら、それを逆手に取ってくる可能性は否定できない。


『マクシミリアン皇子も厄介だったが、ゴットフリート皇子も厄介だな。二人まとめて排除することができればいいのだが……君にならできるのではないかな?』


 言いたいことは分かるが、無茶ぶりが過ぎる。


「難しいというより現時点では不可能ですよ。マクシミリアン皇子も本当に幽閉されているのか疑問ですし、皇帝コルネリウス二世も政戦両方の天才なのですから」


 マクシミリアン皇子の動向だが、今のところ帝都北部の古い砦に幽閉されたことしかわかっていない。


 昨日の四月二十三日にモーリス商会の商会長ライナルト・モーリスが内務尚書であるヴァルデマール・シュテヒェルトに面会しているが、マクシミリアン皇子の情報は手に入らなかったと報告を受けている。


『了解したよ。話は変わるが、黒獣猟兵団という精鋭部隊を作ったそうじゃないか。どのくらいの数にするつもりなのか、教えてくれないか』


 帝国軍の偵察小隊を捕らえたという報告を受け、興味を持ったようだ。


「今のところ、ラウシェンバッハ子爵領の守備隊としてしか使うつもりはありません。ですので、最大五百名程度とお考えください」


『もったいないな。聞いた話だが、一騎当千の戦士ばかりだそうじゃないか。三万人の獣人たちから募れば、三千人程度の精鋭部隊が作れるのではないかな』


 グレーフェンベルク伯爵が知れば、こう言ってくることは予想できていたので、答えも考えてある。


「獣人たちには十年程度の税と労役の免除を約束しています。それを反故にするつもりは私にはありません」


 伯爵は諦めきれないのか、更に言い募ってくる。


『だが、徴兵するのではなく、志願という形で正当な対価を支払うなら問題ないのではないか? ケンプフェルト将軍の直属のような、劣勢を跳ね返せる精鋭は魅力的なのだが』


 予想通りの反応であり、これも答えは考えてある。


「切り札はあった方がよいかもしれませんが、依存することは危険です」


『どういうことかな』


「精鋭を前提とした戦略とすれば、他の部隊が依存し、全力を尽くさなくなる可能性があります。それに私は彼らを使わずとも勝てる戦い方を提案するつもりです。そうしなければ、彼らを前提とした戦いしかできなくなりますので」


『確かにそうだな。獣人部隊を作ったとしても、間に合わなければ負けるというのでは戦略の幅を狭めることになる。最低限の練度は必要だが、どの騎士団でも対応できるような戦略を練っておくことは必要だろう』


 何とか納得してくれたようだ。

 言わなかったが、もう一つ理由はあった。それは私個人に対する忠誠心が強すぎることだ。


 私かイリスがいなくては使えない部隊になるし、それ以上に政敵であるマルクトホーフェン侯爵らに攻撃の口実を与える危険がある。また、帝国がこの事実を知れば、謀略を仕掛けてくる可能性は高い。


 この他にもレヒト法国に知られれば、現在も継続している獣人族移住計画が頓挫することになるし、モーリス商会が危険に曝されることにもなりかねない。

 それらのことを考えると、獣人たちを安易に使うことは危険なのだ。



 四月二十五日、リッタートゥルム城での調査を終え、ラウシェンバッハに向けて出発した。


 特に魔獣ウンティーアに襲われるようなこともなく、五月十二日に無事ラウシェンバッハに帰還した。

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